第284話 舞と民の都市
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火の国で――
運命は、視線から始まる。
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ソレイダ王国。
舞と民の都市、ルア=ソレル。
日が沈みかけ、空が茜へと染まりはじめるころ――
リリナが乗る馬車は、街の入口で静かに停車した。
町のいたるところに、焚き火が掲げられ、
石畳の通りには赤いガラス灯が等間隔に並んでいる。
炎が揺れるたび、
街全体が――まるで脈打つ心臓のように呼吸していた。
「……これが、ソレイダ……」
リリナは馬車を降り――
熱を孕んだ空気に、思わず足を止める。
――どうしてだろう。
胸の奥に残っていたはずの感情が、
この熱に触れた途端、
少しだけ遠くなる気がした。
――私、昔、この地を訪れたことがある……?
理由は分からない。
けれど、この匂いも、この熱も、どこか懐かしい。
胸の奥に、言葉にならない記憶が、かすかに触れた気がした。
「エル!」
名前を呼ばれ、リリナははっと振り返った。
荷物を抱えたソレイス夫妻が、何か話している。
だが、街のざわめきに声がかき消され、言葉は届かない。
顔を近づけると、ミレナが耳元で少し大きな声を出した。
「これから、どうするんだい?
身一つで来たのに、あてはあるのかい?」
あては――なかった。
けれど――
これ以上、この人たちに迷惑をかけるわけにはいかない。
「ありがとうございました!
私、探してる人がいるので、その人を見つけます!」
思わず声を張り上げると、ミレナは目を丸くし――
次の瞬間、豪快に笑った。
「どうやってだい?!」
リリナは少し考えてから、街の方を指差した。
「人が、たくさんいますから!
きっと、見つかる気がします!」
アランが言葉を失う。
「エル! 世間知らずにもほどがある!
一緒に来なさい!」
「え……?」
戸惑う間もなく、ミレナがリリナの手を取った。
そのまま人混みを避けるように、通りを進んでいく。
日没までもう少し。
それでも、街は昼のように賑わっていた。
――ここは、まだ黒月の影響がない?
世界へ向けて発せられた、あの警告を……
この国は、本当に受け取っていないのだろうか。
やがて、商店が並ぶ一角で、夫妻は一つの扉を開けた。
中は薄暗く、布と染料の匂いが鼻をくすぐる。
外の騒音が、少しだけ遠のいた。
「私たち、仕立て屋をやってるんだよ」
奥に進むと、住居らしき部屋に灯りがともる。
その光に照らされ、店内がぼんやりと浮かび上がった。
壁には、鮮やかな色彩の衣装が幾つも飾られている。
舞衣、礼装、異国風の布――
炎の国らしい、熱を帯びた色ばかりだった。
「わぁ……衣装が、こんなにも……」
思わず声が漏れる。
それは、純粋な感嘆だった。
「エル。ここにいる間は、店の看板娘をやってよ」
ミレナが、何でもないことのように言った。
「え……!?」
「いいだろう?
毎日いろんな衣装を着せてあげるよ。
店にずっといなくていい。
この服を着て、人探しをすればいいんだ。
歩く宣伝さ」
少し考えてから、リリナはぱっと笑顔になった。
「はい!」
――いろんな衣装を着られるのは、正直、とても嬉しい。
焚き火の光が、通りの外で揺れた。
その影が、店の壁に一瞬だけ、歪んで映る。
リリナはまだ気づいていない。
この焔の国が、彼女を導く理由も。
そして――
その影が、やがて“形を持ち”、炎と交わる日が来ることも。




