第282話 幻焔の舞
太鼓の音が三度、鳴り響いた。
レイヴは、舞台の中央へ歩み出る。
陽光が彼の髪を照らし、
黒に近い赤褐色の短髪が、赤銅のように光を返した。
一歩ごとに、足もとが熱を帯びる。
地脈の息が、静かに巡っていた。
衣の裾が風をはらむ。
スカーフで覆った左手の甲――その下に刻まれた印が、淡く光を帯びた。
――そのとき。
来賓席に、あの少女の姿があった。
白と淡桃の衣。
陽光を溶かしたような金の髪。
淡い金茶の瞳が、まっすぐに舞台を見つめている。
ふたりの視線が、交わる。
炎と光が――重なった。
その瞬間。
世界から、音が消えた。
周囲の喧噪が遠のく。
ただふたりの間にだけ、風が生まれる。
炎の粉が、光の粒へと変わり、
少女の頬をかすめて――彼の胸へと吸い込まれていく。
その瞬間。
炎が、応えた。
火皿に宿っていた焔が、
まるで彼の呼吸に導かれるように揺れ、
やがて舞台全体へと広がっていく。
それは――燃やすための炎ではない。
生きるための火。
笛の音が流れ、太鼓が打ち鳴らされる。
レイヴの身体が、それに呼応する。
腕が、足が、炎とともに弧を描く。
一瞬の静止。
そして――跳躍。
彼の影が大地に落ちると、
そこにも火の花が咲いた。
民は息を呑む。
誰もが、その光景の中に“神”を見た。
舞台袖で見守るミラは、口元を押さえ、
弟の姿に涙を滲ませていた。
燃えているのは、炎ではない。
――彼自身だった。
その姿は、まるで火の化身。
人々はそこに、“焔獅子ヴァルガン”の影を見た。
「……幻焔だ」
誰かが、呟く。
炎が舞い、獅子の形を結ぶ。
咆哮のような風が吹き抜け、
金の光が空へと昇っていく。
その中心で――
レイヴは、ただひとり立っていた。
瞳は暗金色に燃え、
息づくたび、光が彼を包み込む。
やがて、太鼓が鳴り止む。
最後の炎が、舞台を照らした。
レイヴは静かに一礼する。
炎が、その背を包み込む。
静寂。
そして――
歓声が、天へと昇る。
レイヴは、最後にもう一度、少女を見た。
少女は、瞳を潤ませ――
まっすぐに彼を見つめていた。
風が止み、火が落ちる。
残ったのは――
ふたりの魂の余韻だけ。
レイヴは静かに息を吐いた。
胸の奥で、確かに“何か”が燃えている。
それは、恐れではない。
――自分が選んだ、生きるための火。




