第278話 燃える都の朝
陽光の谷――ルア=ソレル。
火山〈ヴァルカノ〉を遠く北東に望む、岩壁の合間に広がるこの都は、
朝になると、空よりも早く目を覚ます。
霧を透かして、屋根に吊るされた赤布が風をはらみ、
鍛冶場では鉄が火花を散らし、
その音が谷へと返る。
香草を燻した煙が市場を漂い、
炊き立ての穀と油の香りが通りを満たす。
人々は語り、笑い、働き、愛し――
生きている。
そのすべてが、この国では「燃やす」という言葉で言い表される。
都そのものが、ひとつの大きな火。
それが――ソレイダの生き方だった。
⸻
昨夜の舞台跡。
レイヴは片膝をつき、焦げ跡に指を触れた。
そこは、彼の火が暴れ、
舞台の半ばを黒く焦がした場所だった。
巫子たちが灰を払い、破れた布を畳み、
香を焚いて焦げの匂いを消している。
人々の声は低く、どこか気まずい。
指先に残るのは、灰でも熱でもない。
心の奥に沈む、あの言葉の残響――
「……燃やすものを、選べ。」
父の声が、黎火の揺らめきとともに蘇る。
明け方、聖炎大神殿で放たれたその言葉が、
いまも胸の奥で燻っていた。
(そんなつもりは、なかったのに……)
風が吹き抜け、焦げた木片が転がる。
その先に――
数人の少女たちが、
炎のように囁きを交わしていた。
その視線に気づきながらも、
レイヴは目を伏せ、灰を払って立ち上がる。
――そのとき。
「レイヴ、無視しないでよ」
明るい声が、正面から差し込んできた。
顔を上げると、ひとりの少女が目の前に立っている。
陽光のような笑顔。
「……無視はしてない、メイラ」
視線を逸らしながら答えると、
彼女は胸元に手を当て、上目遣いで笑った。
「ねえ、踊りの練習、いつ見に来てくれるの?
レイヴの意見が聞きたいって言ったでしょ?」
距離が、近い。
レイヴはわずかにたじろいだ。
――その瞬間。
「はいはい、そこまで。離れてくださーい」
姉の声が、空気を切り替えた。
ミラが、ふたりの間へすっと割って入る。
その眼差しは冷たく――けれどどこか余裕があった。
メイラは唇を尖らせ、小さく呟く。
「お姉さん……」
「あなたに“お姉さん”って言われる筋合いはないわ」
ミラは即座に切り返す。
「弟は次の祭の準備で忙しいの。
……さ、行くわよ、レイヴ。いつまで傷心中なの」
⸻
ふたりは並んで、再び歩き出した。
レイヴは一度だけ、振り返った。
メイラは、まだその場に立ち尽くしていた。
視線を逸らし、無言で前を向く。
少しして、鼻で笑った。
「姉さん、どうしてあんなにメイラにきついんだよ」
ミラは肩をすくめる。
「“舞酒場アグニア”の焔羽を目指してる女なんて、
好きになれるわけないでしょ」
ちらりと弟を見る。
「あんたも、しっかりしなさい」
レイヴは目を瞬かせた。
「どういう意味だよ。俺、ちゃんと家訓守ってるだろ」
――家訓。
“交熱で人生を無駄にしない”
ミラが勝手に追加した、アレスタ家の掟である。
ミラは満足げに笑い、弟の頭へ手を伸ばす。
だが――
すっとかわされた。
「もう」
軽く呟きながらも、彼女は楽しそうに笑う。
「それでこそアレスタ家の男。
父様だって、母様を亡くしたあとも、ずっと母様だけを愛してるの」
少しだけ、声がやわらぐ。
「私もガルド一筋なんだから。
……あんたに負けないくらいモテるのよ?」
「またその話かよ」
レイヴは苦笑し、歩を早めた。
ミラの笑い声が――
朝の陽に溶けていった。




