第273話 三つ目の道、赤に灯る旅のはじまり
リリナがようやく落ち着いたころ――
旅人夫妻は、穏やかに名を名乗った。
夫――アラン・ソレイス。
妻――ミレナ・ソレイス。
ソレイダ王国からの旅行客だという。
「服装が……この国の方とは違っていました」
リリナがそう言うと、ミレナはくるりと腕を上げて見せる。
その動きに合わせて、脇の下の布がふわりと揺れ――
そこから、豊かな胸の輪郭がさらりと覗いた。
「やっぱり露出が高いのかしら?」
「……三分の一、見えてます」
「まあ。言われると恥ずかしいわねえ」
「今さらだろう」
むすっとしたアランの一言に、
ミレナが軽く肘でつつく。
そのやりとりに、思わず笑みがこぼれた。
⸻
ふと――
リリナは、アウルの言葉を思い出していた。
――勇気の獅子。
――ソレイダにいる。
胸の奥で、何かが静かに灯る。
(……行かなきゃ)
その想いは、もう揺らがなかった。
――逃げるためではなく、進むために。
「……あのっ!」
思わず声がこぼれる。
ソレイス夫妻が同時に振り向いた。
「ソレイダには……いつお帰りになりますか?」
「明日ですよ?」
ミレナが首をかしげる。
その瞬間――
リリナは、ミレナの両手をぎゅっと包み込んでいた。
「私も……ソレイダへ連れて行ってください!」
「……えっ?」
ふたりは揃って固まる。
視線を交わし、戸惑いを隠さない。
「私……少し、身を隠したいのです」
その言葉に、アランは目を見開いた。
だが――
ミレナは、ふっと吹き出し、やわらかく笑う。
「なんて面白い姫様だねぇ」
「……ご迷惑、ですか……?」
不安げな問い。
ミレナはゆっくりと首を振った。
「理由があるんだろう? 無理に聞かないよ」
リリナは小さく頷く。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
⸻
ミレナはそっと顔を寄せ、囁く。
「……エリオン様と、何かあったのかい?」
(っ……!)
脳裏に浮かぶのは――
祈りの宿での夜。
ひとつの毛布に包まれて、寄り添った時間。
胸が、熱を帯びる。
どうして、それを――
頬が、みるみる赤く染まっていく。
その様子に、ミレナはくすりと笑った。
「アクエリシアの男は優しいけど……
ソレイダの男は情熱的で、素敵だよ?」
ミレナは、どこか誇らしげに笑った。
リリナは、笑ってごまかすことしかできなかった。
そんなリリナの肩に、ミレナがぽんと手を置いた。
「姫様はまだ、“男”を知らないね?」
「ミレナ。変なことを吹き込むな」
アランの鋭い一言。
ミレナはぷくっと頬を膨らませる。
「はいはい。じゃあ黙って、服でも出せばいいんでしょ」
⸻
衣装箱が開かれる。
取り出されたのは――一枚の衣。
それを、そっとリリナへ差し出す。
「え……?」
視線を落とす。
そこにあったのは――赤。
これまで、一度も身にまとったことのない色。
驚いて顔を上げると、
ミレナが、やさしく微笑んでいた。
「別人になりたいんでしょう?」
静かな声。
「……なら、なりましょう」
一歩、近づく。
「赤はね――火を起こす色」
その言葉が、胸に落ちる。
「迷ったとき、この色が――背中を押してくれるよ」
リリナは、その衣を胸に抱きしめた。
じんわりと、熱が広がる。
そして――
小さく、笑った。
それは。
新しい旅の始まりを告げる、
“赤”だった。




