第266話 素朴な村の家、ふたりだけの時間
オルナ村。
木造の家々がぽつりぽつりと並び、
杭に渡したロープでは洗濯物が静かに風に揺れていた。
自然の素材で作られた、
どこか語りかけてくるような景色。
「絵本の世界みたい……」
思わずこぼれたリリナの声に、エリオンも微笑む。
「分かります。
リスが窓から顔を出しそうですよね」
⸻
ふたりの足は、村外れの一軒の家の前で止まった。
「ここです」
木の扉を開けて中へ入ると、
ふわりと木の香りが迎えてくれる。
エリオンは帽子を外し、カーテンを開けて光を入れた。
リリナもそのあとに続き、胸の前で帽子を抱きしめながら室内を見渡す。
素朴で、あたたかくて――
静けさに満ちた空間だった。
「この家……エリオンが建てたのですか?」
「いえ。買い取ったものです」
あまりにも当然のように言うものだから、
リリナの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「どうして笑ったのですか?」
はっとして、慌てて笑みを引っ込める。
「……エリオンには、手に入らないものなんてないのではと……思ってしまって」
言うほどに、声が小さくなっていく。
エリオンは小さく笑い、クローゼットから服を取り出した。
「僕にもありますよ。
手に入らないものくらい」
その言葉があまりにもやわらかくて、
リリナの胸に、きゅっとした痛みが広がる。
「……ごめんなさい」
俯いたその頭に、
エリオンの手がそっと置かれた。
「僕は傷ついていません。
だから、そんな顔をしないでください」
静かな声が、胸の奥に落ちる。
リリナは顔が熱くなり、そっと背を向けた。
その背後で、衣を外す気配がした。
そのとき、
衣擦れの音がふわりと響く。
そのたびに――心臓が跳ねる。
(……落ち着いて……)
照れを紛らわせるように、
掌の青い石を見つめていると――
「着替え終わりましたよ」
振り返る。
そこには、静かに微笑むエリオンの姿。
その表情につられて、
リリナの頬も自然と緩んだ。
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「私、これ干してきますね」
濡れた衣を手に外へ出ると、
すぐにエリオンが追いかけてくる。
「リリナにそんなことをさせるわけには」
「いいんです。
好きでやっているだけですから」
物干し竿に上衣をかけ、
皺を軽く叩いて伸ばす。
ふと、マルナの姿が脳裏に浮かんだ。
「僕も教えてもらおうかな」
エリオンが隣に並び、ズボンを干す。
リリナの真似をして皺を叩くが――
どこかぎこちなく、左右も揃っていない。
「ふふっ……」
思わず笑いがこぼれる。
「……見よう見まねでは、難しいですね」
エリオンは楽しそうに微笑んだ。
その表情に、
ふたりの間にやわらかな空気が流れる。
目が合った瞬間――
どちらからともなく、また微笑み合っていた。
⸻
小さな別荘で過ごす、
ふたりだけの、
どこか不思議と落ち着く――
ほっとするような時間だった。




