第259話 静かな告白、触れた心の温度
扉の向こうの部屋は――
まるで、エリオンそのもののように静かで整っていた。
壁には、銀の刀と白氷の紋章の盾。
机には古い巻物が丁寧に並び、余計なものはひとつもない。
「……素敵なお部屋ですね」
そう言うと、エリオンはふっとやわらかく微笑んだ。
「ありがとうございます。ここは……心を落ち着けられる場所なんです」
向かい合う。
自然と、視線が重なった。
胸が、ざわつく。
言いたいことはたくさんあるのに――
どこから話せばいいのか、分からない。
「……あの……」
声が、少しだけ震える。
「エリオン様に、伝えたいことがあって……でも、その……様子が……」
言いかけた瞬間。
エリオンの瞳が、わずかに細められた。
「僕の様子が――どうかしましたか?」
まっすぐな問い。
喉が、きゅっと締めつけられる。
「私……エリオン様を、傷つけるようなこと……しましたか?」
胸の奥が、ぎゅっと痛む。
「もし、そうなら……謝りたくて……」
最後まで、言葉は続かなかった。
その瞬間――
腕を引かれ、強く抱き寄せられたから。
「……っ」
温かい胸に包まれる。
息が、止まりそうになる。
エリオンの腕は強く――
逃がさないように、確かに抱き寄せていた。
「……僕にも、心があります」
低く、落ちる声。
「喜んだり……傷ついたりもするんです」
今まで聞いたことのない声だった。
弱くて。
危うくて。
それでいて――真っ直ぐで。
(……そんなふうに、思わせてしまったんだ)
「……ごめんなさい」
そっと、抱き返す。
すると、彼の腕が少しだけ緩んだ。
顔を上げる。
すぐ近くで――
灰青の瞳が、揺れていた。
「……最初から」
静かに、息を落とす。
「兄でいられたつもりはありません」
「……え……?」
わずかに、視線が落ちる。
「僕は、今でもあなたのことを――」
一瞬、言葉が途切れる。
「……想っています」
静かな声だった。
けれど、その奥にあるものは、あまりにも深かった。
リリナの瞳が揺れた。
言葉は、出なかった。
その沈黙ごと、抱きしめるように――
エリオンはもう一度、腕に力を込めた。
「そんな顔をされると……僕まで苦しくなる」
わずかに、息が触れる距離で。
「……あなたを、遠ざけたくないのに」
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「リリナ」
耳元で、名前が落ちた。
その呼び方は――
今まででいちばん、やわらかく響いた。
胸の奥が、静かにほどけていく。
「僕だって、本当は……ずっとそう呼びたかった」
ふたりの視線が、もう一度重なった。
彼は少しだけ、照れたように笑う。
その表情が、あまりにも愛しくて。
リリナは、思わず笑った。
「……ふふ」
エリオンも、こそばゆそうに微笑む。
ふたりの間に――
さっきまでなかった“あたたかな静けさ”が、そっと生まれる。
「私も……エリオンって、呼んでもいいですか?」
問いかける声は、小さく揺れた。
けれど。
エリオンは、迷わず頷いた。
「もちろん。呼んでほしい」
「……エリオン」
小さく、名前を呼ぶ。
その響きが、胸に落ちていく。
「もう一度」
「え、えりおん……」
「うん。かわいい」
くすっと笑う声に、頬が熱くなる。
そのやさしい眼差しに包まれて――
リリナの胸は、静かに満たされていった。
その呼び名が――
ふたりの距離を、ほんの少しだけ変えた気がした。




