第255話 兄が語る幼き日、影を越えた光
アクエリシア城の庭園。
静かな池の前で――
リリナ、レヴィアン、セラフィンの三人は、青銀の光をまとって泳ぐセリシアたちを眺めていた。
水音が、やわらかく広がる。
その静けさの中で――
セラフィンが、ぽつりと口を開いた。
「……子どものころ、よく三人でここに来て、餌をやったものです」
一拍。
「私と、弟のエリオン。それにティアラ」
どこか懐かしむような声音。
「……あの頃は、本当によく笑っていた」
その言葉には、やさしさと――
ほんのわずかな寂しさが滲んでいた。
「姫君も、楽しんでいただけましたか?」
問われて、リリナは少し照れながら微笑む。
「はい……とても綺麗で。
気づいたら、夢中になっていました」
セラフィンは、穏やかに頷いた。
⸻
「エリオンは、ティアラの面倒をよく見ていました」
静かに続く言葉。
「私は正位として、父上の傍にいることが多く……
幼い妹に、あまり手をかけてやれなかった」
レヴィアンとリリナは、言葉を挟まず耳を傾ける。
「弟は……幼い頃、弱視を患っていまして」
「……え?」
思わず、リリナは小さく声を漏らした。
あのエリオンからは、想像もできない。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
セラフィンは、やさしく首を振った。
「今は、すっかり回復しています。
ですが当時は……その影響もあってか、勉学や武術から逃げがちで」
少しだけ、目を細める。
「性格も……今とは違い、ずいぶん内向的でした」
一拍。
「……あの頃の“不安”だけは、
きっと、今も消えてはいないのでしょう」
静かに、言葉が落ちる。
セラフィンは、ふと視線を落とした。
水面に揺れる光が、その瞳にかすかに映る。
「だからこそ――
あの子は、あれほど人にやさしい」
⸻
リリナは、水面の揺らぎを見つめた。
きらめく光が、静かに滲む。
(……そうだったんだ……)
胸の奥が、やわらかくほどけていく。
セラフィンは、ふっと微笑む。
「弟からすれば、私はずっと“厳しい兄”だったのでしょう」
どこか自嘲気味に。
「私は健康にも恵まれ、父に似て厳格でしたから……
あの頃、もっと寄り添ってやれればと――今でも思うことがあります」
それでも。
その声の奥には――
確かな“誇り”と“喜び”が宿っていた。
「けれど――」
静かに、言葉が落ちる。
「王立学院から戻ってきた弟は、別人のようでした」
一瞬だけ、表情がやわらぐ。
「自信に満ちていて……まっすぐで」
そして、やさしく視線を向ける。
「……本当に、嬉しかった」
「あなた方のような友人に、出会えたからでしょうね」
リリナとレヴィアンは、そっと目を合わせる。
どこか照れたように、微笑んだ。
セラフィンは、そんな二人を見つめ――
静かに、言った。
「弟……エリオンのことを」
一拍。
「どうか、これからも見守ってやってください」
胸の奥が、ふわりと熱くなる。
リリナは小さく息を吸い――
まっすぐに答えた。
「……もちろんです」
ほんのわずかに、声がやわらぐ。
「エリオン様は……とても大切な方ですから」
セラフィンは、満足そうに頷いた。
池を渡る光が、きらめく。
兄が語った“幼き日のエリオン”は――
リリナの胸の奥へと――
静かに、溶けていった。




