第254話 星揺れる池、三人の距離と小さなきらめき
中庭は、驚くほど広かった。
迷路のように入り組んだ低木の道を抜けると――
その奥に、ひっそりと円形の池が姿を現す。
水面は午後の陽光を受けて、ゆらゆらと揺れていた。
どこか、隠れ家のような静けさが漂っている。
「すごく立派な庭園ですね……」
リリナは、思わず息をのむ。
そっと池を覗き込むと――
水の下に、銀と淡い水色の影がいくつも揺らめいていた。
群れが動くたび、鱗が光を返す。
まるで、小さな氷片が舞っているようだった。
「わぁ……きれい……」
「この国の魚でしょうか。私は見たことがありません」
「私もです……こんなに綺麗なんですね」
ふたりは池の縁にしゃがみ込み、夢中で水の中を覗き込む。
そのそばには、小さなテーブルと椅子が置かれていた。
その佇まいを見て――
リリナの胸が、ふときゅっと締めつけられる。
(……もしかしたら、身体の弱かったティアラ王女のために)
(ここで日向ぼっこができるよう、作られたのかな……)
淡い想像が、胸の奥に広がった――そのとき。
低木の迷路の向こうから、静かな足音が近づいてくる。
「セラフィン様……!」
リリナとレヴィアンは立ち上がり、丁寧に一礼した。
セラフィンは、やわらかな微笑を浮かべたまま歩み寄る。
手にしていた小さな缶を、そっと池のそばへ置いた。
「その魚は、セリシアという観賞用の魚です」
静かな声。
「光を受けて身を揺らす姿が美しいので――
“湖の星”とも呼ばれているのですよ」
缶を開けると、中には細かく砕かれた乾いたパン屑。
セラフィンは、手のひらに少し乗せて差し出した。
「どうぞ。投げ入れてみてください」
促されて、リリナはそっと水面へ落とす。
その瞬間――
セリシアたちが一斉に集まり、光を散らしながら弧を描いた。
水面に、星の帯のような輝きが広がる。
「まるで……小さな星が集まってるみたい……!」
感嘆の声に、セラフィンは目尻を緩めた。
「レヴィアン殿も、どうぞ」
「それでは……」
レヴィアンもパン屑を受け取り、水面へ投げる。
彼の表情も、ほころんでいた。
「こんなに可愛らしいものだとは思いませんでした」
「可愛い……ですよね」
リリナが指差したのは、小さな一匹の魚。
稚魚のように小さく、鱗の端にかすかな傷がある。
「……あの子。小さいのに元気で……
なんだか、応援したくなります」
セラフィンもすぐにその魚を見つけ、静かに頷いた。
「なるほど。それなら――応援しましょう」
「え?」
言うやいなや、セラフィンは器用にパン屑を摘み、
ちょうどその小魚の前へと投げる。
小さな影が――ぱくっ。
「食べました!すごい……!」
リリナは思わず拍手した。
だが次の瞬間。
大きな魚たちが群がり、小魚はその影に隠れてしまう。
「……あ、消えてしまいましたね」
三人で水面を探していると――
「あっ、あそこ!」
リリナが指差し、レヴィアンがパン屑を投げる。
しかし、少し逸れて別の魚に奪われた。
「あ……惜しい……!」
「……少し逸れましたね」
すると、レヴィアンは手についたパン屑を払い、
「では、次は私が指さします」
成功したり、失敗したり。
そのたびに、水面がきらめく。
小さな笑い声が、中庭の空気にやさしく溶けていった。
三人の距離が――
ほんの少しずつ。
けれど確かに、近づいていく。
そんな時間だった。




