第251話 揺らぐ光の中で、三つの影はすれ違う
静水祭二日目。
水光パレードが行われる日。
湖へと続く大通りには、青と白の布がたなびき、
水を模した光の飾りが、朝日を受けてきらめいていた。
⸻
ゲスト席。
リリナの隣には、レヴィアンが静かに立っていた。
焦げ茶の髪が、朝の風にやわらかく揺れる。
横目でリリナを見つめ――
その顔色に、わずかに眉を寄せた。
「リリナ姫……やはり、お休みになられた方がよかったのでは?」
抑えきれない心配が、その声に滲む。
リリナは、かすかに笑って首を横に振った。
「大丈夫です……ただの疲れですから」
夜明けとともに祈りの宿を出て、
そのまま式典の準備に追われた。
ほとんど休めていない。
それでも――立っている。
レヴィアンは静かに頷き、話を続けた。
「影鐘隊ですが、城内には侵入しませんでした。
門扉と外壁が遮断したようです」
一拍。
「――影は、物理的な障壁をすり抜けない」
リリナは息を呑む。
(屋内なら安全だと分かっていた……けれど、
城全体を守れるなんて……)
「そんな……一晩で、そこまで……」
「我がテルメナにも、外壁強化を急がせています。
すでに早馬を出しました」
淡々とした口調。
だが、その決断と行動は――誰よりも早い。
(……すごい……)
(レヴィアン様は、本当に“国のために動ける人”……)
その姿を前に――
昨夜、エリオンの胸で泣いた自分が、
胸の奥で静かに疼いた。
(……私は……)
どちらが正しいのか。
姫として、どう在るべきなのか。
答えのない問いが、心の底に沈んでいく。
⸻
その時――
澄んだ音が、空気を震わせた。
水の鈴。
パレード開始の合図。
青布を纏った舞い手たちが流れるように進み、
水を象った輿に乗る子どもたちが、笑顔で手を振る。
光と水が揺らめく、美しい行列。
「……綺麗ですね、リリナ姫」
レヴィアンが、穏やかに言った。
リリナも微笑もうとした――その瞬間。
動きが、止まる。
視線の先に――
エリオンがいた。
水光警護隊の先頭。
青銀の外套が朝の光を受け、淡く輝いている。
端正な横顔。
――遠い。
(昨夜、あれほど近くにいたのに……)
胸が、きゅっと縮まる。
⸻
レヴィアンは、その変化を見逃さなかった。
横目で、そっとリリナを見る。
その瞳に宿るものを、静かに受け止める。
(……あのふたりは……)
(互いに、閉じるしかなかったのだろう)
誰も、悪くない。
誰も、責められない。
ただ――ほんの少し、胸が痛む。
華やかな光の中で。
レヴィアンの表情だけが、わずかに陰る。
⸻
その時。
エリオンが、ふと顔を上げた。
視線が――
リリナと、重なる。
ほんの一瞬。
それだけで、すべてが蘇る。
昨夜の温度。
囁き。
触れた唇。
波のように、押し寄せる。
リリナは、思わず目を伏せた。
⸻
レヴィアンは、わずかに目を細める。
その“すれ違い”を、確かに感じ取っていた。
(……気の毒に)
(選べなかったのは――どちらも同じか)
⸻
揺らめく光の中で。
三つの想いが、交わることなく――
静かに、すれ違っていった。




