第247話 寄り添う灯、祈りの宿の夜
旅人夫妻の夫が、椅子に座る妻のもとへ駆け寄った。
「セレフィアの姫様、本当に……ありがとうございました。
そして、アクエリシアの王子様まで……」
深く頭を下げる。
リリナは慌てて首を振った。
「いいえ……。
あの方を背負って走ってくださった姿に、胸を打たれたのは……私のほうです」
老婆は水を口にし、ほっとしたように息をつく。
夫は耳まで赤くして、照れたように手を振った。
「あ、あれは……もう必死で。
姫様があれほど一生懸命に動かれていたので……背中を押されたんです」
「そんな……」
夫妻は長椅子に腰を下ろし、肩を寄せ合った。
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祈りの宿の中には、避難してきた人々の姿があった。
三、四人掛けの長椅子が並び、
人々はそれぞれ、家族や連れごとに静かに腰を下ろしていた。
自然と――
リリナとエリオンも、同じ長椅子に座っていた。
ふたりの間には、わずかな距離。
……けれど。
先ほどまでの逃避行で感じた温度は、まだ残っている。
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シスターが、そっと水の入った器を差し出した。
「喉を潤してくださいませ」
「ありがとうございます……」
水をひと口含む。
熱を帯びていた喉に、冷たさがすうっと染み渡っていく。
隣を見ると、エリオンも同じように水を飲んでいた。
首筋を、汗がひと筋伝う。
その様子に――
リリナの胸が、ふわりと温かくなる。
(……疲れているのに……必死で走ってくださったんだ……)
腰のリボンに挟んでいた薄布を取る。
マルナがよくしてくれた、あの仕草を思い出しながら――
そっと、エリオンの顎のラインへと当てた。
「……!」
エリオンが驚いて振り返る。
視線が、重なった。
「あっ、ごめんなさい……
汗が、垂れそうだったので……」
慌てて手を引こうとすると、
エリオンは小さく笑った。
「……ありがとうございます」
そして――
わずかに首を傾ける。
反対側の首筋を、そっと差し出すように。
まるで――
「こちらも」と言っているように。
「ふふっ……」
思わず、笑みがこぼれた。
リリナは、そっと布を当てる。
淡い灯りに照らされた横顔が、近い。
胸が、また高鳴った。
気づけば――
ふたりの距離も、ほんの少しだけ縮まっていた。
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ふと、リリナは室内を見渡す。
奥――
回廊へと続く細い通路の手前に、
小さな子供たちが寄り添うように集まっていた。
幼いほど、その表情は強張っている。
「……子供たちが、たくさん……」
胸が締めつけられる。
その呟きに、エリオンも視線を向けた。
「ここは教会であると同時に、
“祈りの孤児院”でもあります」
静かな声。
「身寄りのない子供たちを、シスターたちが育てている場所なんです」
「……そうなんですね」
幼い子が、姉らしき少女の袖を握って震えている。
こんな小さな子まで――
“影の恐怖”に触れてしまうなんて。
胸が、痛む。
⸻
祈りの宿は、静かだった。
けれどその静けさは――
外に迫る“闇”と、不安の裏返し。
それでも。
ここにいる人々は、今だけは守られている。
その事実が――
リリナの心を、ほんの少しだけ温めていた。




