第245話 影の跳梁、守られた一瞬
雑木林を抜けた先に――
祈りの宿の小さな尖塔が見えた。
「あともう少しです!」
旅人の夫が叫ぶ。
その声に呼応するように、背後からも声が飛ぶ。
「もう少しだ、頑張れ!」
足音が、さらに増えていく。
リリナは振り返った。
――エリオンがいる。
胸の奥に、息が詰まるほどの安堵が広がる。
(よかった……エリオン様も……間に合ってる……)
そう思った――その瞬間。
雑木林の闇が、すっと裂けた。
黒装束の影鐘隊が、音もなく現れる。
「きゃあああっ!!」
旅人の妻が悲鳴を上げ、後ずさる。
足をもつらせ、そのまま崩れるように転んだ。
夫が引き返そうとする。
だが――
「先に行ってください!」
リリナが叫ぶ。
「影鐘隊は増えます! 今は、一刻も早く!」
老婆を背負い直した夫は、歯を食いしばった。
「妻を頼みます!!」
そして、走り去る。
背後からは、人々が次々と駆け抜けていった。
影鐘隊を避けるように、散り散りに逃げていく。
「ひとりで立てますか!?」
リリナは刀を両手で構え、
妻と影鐘隊を交互に見据えた。
「……な、なんとか……」
痛みに顔を歪めながらも、妻が答える。
「走れますか?」
小さく、しかし確かに頷く。
その瞬間――
影鐘隊が、わずかに姿勢を低くした。
その動きに反応するように――
リリナは刀を振り上げた。
だが――躊躇いが、刃を止める。
(……当てられない……!)
影の伸び方が、変わる。
(……影を狙ってる)
リリナは即座に踏み込んだ。
妻の影を、自らの足で押さえる。
黒装束が、わずかに止まる。
――影を、奪えない。
(大丈夫……距離は取れてる……)
――その瞬間。
空気が裂けた。
ヒュッ――
「……え?」
影鐘隊の身体が揺らぎ、
煙のように霧散する。
その先に――
刀を構えたエリオンが立っていた。
「エリオン様っ!」
胸の奥に、熱が灯る。
荒い呼吸と、額に滲む汗。
それでも、その瞳は揺らがない。
「行きましょう!」
短い一言。
その中に、焦りと安堵と決意が重なっていた。
リリナは強く頷く。
よろめく妻を、エリオンが支える。
リリナは背後を警戒しながら、共に走った。
⸻
やがて――
祈りの宿の扉が見えてくる。
「こちらへ! 早く!」
修道女たちが、必死に手を伸ばしていた。
旅人夫妻。
老婆。
続いて――リリナとエリオン。
次々に中へと滑り込む。
最後に、エリオンが振り返った。
「僕たちで最後です! 閉めてください!」
「エ、エリオン様!?
……ご無事でよかった……!」
修道女たちが、安堵したように声を上げた。
エリオンは、かすかに微笑んだ。
「ご無沙汰しています。
一晩……お世話になります」
その言葉に、リリナの胸がわずかに揺れる。
(……エリオン様と、この教会……?
どんな繋がりが……)
重い扉が閉じる。
外の闇が――
まるで何かを探すように、静かに蠢いていた。




