第242話 閉ざされる門、迫る闇の息
城門前。
遠目に、フェイラたちの姿が見えた――その瞬間。
カァン……カァン……
鐘の音が、どこか遠くで揺れた。
(……今の……鐘……?)
リリナは思わず耳に手を当てる。
走ってきたせいで呼吸が乱れ、音が歪んで聞こえたのかもしれない。
だが――
胸の奥に、嫌な予感が残る。
エリオンはそのままフェイラたちの前で立ち止まり、
リリナも隣に並んで息を整えた。
「我々が出たら、閉門を。
全員、中へ戻れ」
短く、迷いのない声。
(……私とエリオン様は、城へ戻れなくなる……?)
その意図を理解した瞬間、胸がわずかに強張る。
「殿下、私も行きます」
フェイラが一歩前へ出る。
その瞳は、揺らがなかった。
だが――
「ダメだ」
即答だった。
一切の間もない拒絶。
フェイラは悔しそうに唇を噛むが、それ以上は言わない。
ただ――
その視線が、リリナへと向けられた。
冷たく、測るような光。
目が合った瞬間、胸がざわりと揺れる。
「……行きましょう」
エリオンの声に、
フェイラの視線から引き離されるように――
リリナは顔を上げた。
ふたりは門の外へと踏み出した。
「閉門。……朝まで開くな」
重い門が閉じる。
鈍い音が響き、城と外とが完全に分断された。
⸻
王都ル=アルシェは北東。
首都アク=ネリアは南西。
その間に広がるのが――セレナス湖。
湖は、すぐそこだった。
鐘の音は確かに聞こえたはずだが、
まだ完全に闇には覆われていない。
祈りの小径には、ぽつぽつと人影が残っている。
(……急がないと……)
「王様は……外出禁止令を?」
走りながら問いかける。
「すでに出されています。
ただ……知らせが届いていない者、
状況を理解できていない者もいるようですね」
エリオンは即座に答えた。
「……無理もありません」
平和が続いていた。
誰も、“闇が迫る世界”を現実として受け止められない。
祈れば救われると信じている者もいる。
ここに立つことが、ただの日常だった者も。
(……でも、今日は違う……)
エリオンが指を伸ばした。
「僕たちが座っていた、あの石の腰掛け。覚えていますか?」
「はい」
「そこから雑木林へ続く道があります。
その先に“祈りの宿”という教会がある。
……あそこなら、黒月の影から身を隠せるはずです」
的確で、無駄のない指示。
その横顔に、一瞬、目を奪われる。
「リリナ姫様は、この半周を。
僕は反対側を回ります」
明らかに、エリオンの方が広い範囲だった。
人の数も、多い。
(……遠回りになるのに……)
「分かりました……!
エリオン様も、どうかお気をつけて……!」
思わず声が震える。
エリオンは、わずかに微笑んだ。
「リリナ姫様も。
……刀は、両手で」
手を包むようにして、握り方を教える。
そのぬくもりが――
不思議と恐れを押し流していく。
「はいっ!」
ふたりは、同時に走り出した。
それぞれの方向へ。
夕闇が迫る。
湖が震える。
人影が揺れる。
――間に合うかどうかは、もう時間との勝負だった。




