第241話 迫り来る夕闇、駆けるふたり
ティアラの部屋に戻ったリリナは、
今日一日、胸の奥に残り続けているざわめきを消せず、ただ窓辺に立ち尽くしていた。
静水祭の初日。
こんな気持ちになるなんて――
「……?」
ふと、違和感に気づく。
昨日は、まだこの時間――
もっと空が高く、光に満ちていたはずだ。
けれど今日は――
光が、静かに沈んでいく。
(……日没……早い……)
胸騒ぎが走る。
視線を落とした、そのとき。
祈りの小径に、人影が見えた。
(……このままでは……!)
祈りの小径は、この国の習わし。
日没の前後には、多くの人が訪れる。
だが今は――
黒月の影が、すぐそこまで迫っていた。
「……行かなきゃ」
考えるより先に、体が動く。
リリナは窓辺を離れ、部屋を飛び出していた。
(王様は……まだ“外出禁止”を出していない……!
時間が……足りない……!)
⸻
回廊の角を曲がった、その瞬間――
視界に、並んで歩くエリオンとレヴィアンの姿が飛び込んだ。
そのまま駆け抜けようとしたとき。
「リリナ姫様!」
エリオンが動く。
次の瞬間、伸びた腕に引き寄せられ、
その胸にぶつかるようにして、行く手を塞がれた。
「は、離してくださいっ!」
リリナはもがく。
だが、エリオンの腕もまた強く――必死だった。
「どうしたのですか? どこへ向かおうと……!」
「祈りの小径ですっ!
日没が始まります……まだ人が……!」
その言葉に、エリオンの表情が変わる。
「そんなはずは――……」
言いかけて、息を呑んだ。
廊下に差し込む光が、急速に色を失っていく。
「……っ」
一瞬で理解する。
「レヴィアン殿は、ここに」
「了解しました」
レヴィアンは静かに一歩下がり、道を譲る。
その瞬間――
ふたりは同時に駆け出していた。
⸻
回廊の途中。
壁に飾られた、交差した二本の刀。
エリオンは迷いなく、その一振りを引き抜く。
シャッ――
鋭い音が、空気を裂いた。
「えっ……!」
初めて見る、エリオンの“戦う顔”。
その緊張に、リリナは思わず息を呑む。
――次の瞬間。
自分の手もまた、もう一振りを掴んでいた。
金属の重み。
冷たい感触。
音に気づき、エリオンが振り返る。
「リリナ姫様! あなたは僕が守ります。
刀を持つ必要は――!」
「今は……守られることじゃなくて。
“私にできること”をしたいんですっ!」
言葉が、強く出た。
その理由に――自分でも気づいていた。
(……フェイラ様みたいに……)
胸の奥に、あの姿がよぎる。
リリナは、エリオンの横をすり抜けた。
風を切り、長い髪が揺れる。
一瞬、エリオンは目を見開く。
だがすぐに――その表情は、柔らかくほどけた。
「……あなたは本当に……」
その言葉の続きを、飲み込む。
そして、彼もまた走り出す。
ふたりの足音が、回廊に響く。
迫り来る影へ。
祈りの小径へ。
人を守るために。
――ふたりは、並んで駆けた。




