第240話 水鏡の一花、流れゆく心
聖水広場の中央――
静かな湖へ向けて、一筋の白い木道が伸びていた。
その先に置かれた水皿には、
“祈りの花”が静かに揺れている。
薄桃色。
淡銀。
砂金色。
まるで三つの光が、
ひとつの水面の上で呼吸しているようだった。
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エリオンが、淡銀の花を手に取る。
その横顔は穏やかで――
けれど、どこか翳りを帯びていた。
レヴィアンは砂金の花を選び、
軽く笑ってリリナへ頷く。
そしてリリナは――
薄桃の花へ、そっと指を触れた。
淡く色づいた花弁が、
触れた瞬間、やわらかな温度を返す。
(……ティアラ王女も、この景色を見たことがあるのかな)
胸の奥に、あたたかな痛みが広がった。
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司祭の声が、静かに響く。
「――願いの花を湖へ。
水に映る姿は、心のかたち。
流れる先は、選ばれた未来。」
三人は並び、木道の先へと進む。
足音が、静かに重なる。
けれど――
隣り合っているはずなのに、
それぞれの胸に流れるものは、同じではなかった。
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リリナが選んだ薄桃の花は、
指先を離れた瞬間、そっと水面に浮かぶ。
その隣で――
エリオンの淡銀の花が、
ためらいもなく、寄り添うように並んだ。
少し遅れて、
レヴィアンの砂金の花が落ちる。
わずかに離れた位置。
けれど――
ふと、風が吹いた。
砂金の花が、静かに流れを変える。
ふたりの花へと、近づいていく。
三つの花は、
寄り添い、
けれど重ならず、
ただ静かに並んだ。
湖面の光が花弁を照らし、
銀。
桃。
金。
三つの光が、さざ波の上で揺れる。
息をのむほど、美しかった。
――それでも。
胸の奥が、痛んだ。
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流れていく花を見つめながら、
リリナはそっと息を飲む。
淡銀の花が揺れるたび、
昨夜の温度が、胸の奥で蘇る。
(……思い出したくないのに)
(思い出してしまう……)
けれど。
花を見ているはずなのに――
フェイラと並ぶエリオンの姿が、よぎる。
近かったはずの距離が、
急に遠く感じる。
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レヴィアンは、そんなリリナを横目に見て、
わずかにまぶたを伏せた。
(……今のあなたは、誰の方を向いているのですか)
問いは、口には出さない。
ただ、静かに――
花の行方を見つめる。
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三つの花は、風に押され、流れを変える。
寄り添うように並んだかと思えば、
次の瞬間、ふっと離れる。
また近づいて――
それでも、触れない。
それはまるで――
三人の心のように、揺れていた。
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リリナは、そっと胸に手を当てる。
(……どうして……)
(この気持ち……)
(……エリオン様のことを考えると、
こんなに苦しくなるの……?)
淡銀の花が揺れる。
砂金の花が寄る。
薄桃の花は、その間で静かに揺れていた。
そして――
三つの花は、やがて流れに乗り、
木道の先から、ゆっくりと離れていく。
まるで――
何かが、動き出す前触れのように。




