第235話 沈む夜気、重なる影
入浴を終え、濡れた髪を軽く拭きながら――
リリナは、ティアラの部屋の扉の前で足を止めた。
(……開き方が、違う?)
出たときよりも、わずかに内側へ開いている。
胸の奥が、ざわりと揺れた。
そっと――音を立てないように、扉を押す。
部屋の灯りは、変わらずやわらかい。
窓辺のカーテンも、静かなままだ。
リリナは小さく呼びかけた。
「……リラ? 帰っちゃったの……?」
そのまま、視線をベッドへ向けた。
――瞬間。
「……っ?」
息が、止まった。
そこには――
うつ伏せのまま、ベッドに倒れ込むように眠るエリオンの姿があった。
長い足はベッドからはみ出し、靴も脱ぎかけのまま。
まるで、理性がほどけたように――無防備に深く眠り込んでいた。
(ど、どうして……エリオン様が……?)
(レヴィアン様と一緒だったはずなのに……
……何があったの……?)
はっとして、回廊へ視線を向ける。
だが――人の気配はない。
ただ、静寂だけが満ちていた。
視線を戻す。
ベッドの上には――リラがいた。
目が合った瞬間、嬉しそうに尾を振りながら、エリオンの頬をぺろぺろと舐めはじめる。
「ま、待って……! 起こしちゃ……だめ……」
慌てて、小声で呼び寄せる。
「リラ……!」
そのとき。
「……リラ……」
エリオンが、寝言のように、少し甘く名を呼んだ。
胸が、きゅっと締めつけられる。
(……酔って……リラを探して……ここまで来たの……?)
その瞬間――
エリオンが、苦しそうに咳き込んだ。
「えっ……! エリオン様、大丈夫……?」
慌てて机へ向かい、水を注ぐ。
コップを手に、ベッドへと近づく――
……だが。
その手前で、足が止まった。
(……だめ)
(……“兄のように慕っている”って言ったのに……
どうして……)
(こんなに意識して……近づけないなんて……)
心臓が、痛いほど鳴っている。
足が、動かない。
その間に、エリオンの咳は静まり――
部屋は再び、静寂に包まれた。
(……戻そう)
コップをそっと机へ戻そうとした――そのとき。
ガバッ、と勢いよく――けれど、どこか鈍さを残した動きで、エリオンが上半身を起こした。
「……っ」
リリナも反射的に振り返る。
――視線が、ぶつかった。
言葉が、出ない。
静まり返った部屋に、ふたりの呼吸だけが重なる。




