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黎光の継承―七つの魂と選ばれた少女―  作者: りこ。
第三章 水鏡の奥、影の真相
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第229話 風に紛れた影、揺らぐ距離

湖畔の石造りの腰掛けで、ふたりは静かに並んでいた。


祈りの小径を渡る風が、湖面のきらめきをやわらかく揺らしている。


その向こう側で――

布が張られる軽い音が、風に乗って届いた。


対岸では、静水祭の準備が始まっていた。


「……随分、人が集まっていますね」


リリナの呟きに、エリオンが淡く微笑む。


「今日は静水祭の前日です。“初音の儀”が行われます」


静けさと賑わいが、湖を挟んで対になっていた。


エリオンはゆっくりとリリナへ視線を向ける。


「よろしければ……祈祷師の“光の花弁”の奉納を、リリナ姫様がなさってみますか?」


「え……! 私が……?」


驚きに目を瞬くリリナへ、エリオンはやわらかく笑う。


「旅の記念になりますよ。……僕が、見たいのもありますが」


頬がじんわりと熱を帯びる。


「私などで務まるのでしょうか……」


「リリナ姫様ほどの適任者はいません。僕がそばにいます」


その言葉に、小さく頷く。


エリオンの表情が、ふっとほどけた。


「そろそろ、レヴィアン殿が到着されます。城に戻りましょう」


「はい」


ふたりは立ち上がり、小径を歩き始めた。


風が、少し強くなる。


「少し風が出てきましたね」


「気持ちいい風ですね……」


その直後――


ふわり、と風が吹き抜け、

リリナの帽子が宙へ舞った。


「あっ……!」


だが次の瞬間、エリオンの手がそれを掴み取った。


「……っ」


息が詰まり、遅れて小さく囁く。


「ありがとうございます……」


(……この人は、いつも私を守ってくれる)


胸の奥に、静かな温もりが広がる。


その瞬間——


エリオンの瞳が、一点へと鋭く動いた。


同時に、彼はリリナの肩を引き寄せる。


掲げた帽子で、ふたりの顔を影の中へと隠した。


「……っ」


近い。


息が触れそうな距離。


風が、わずかに頬をかすめる。


「あの……帽子の使い方が、少し違うような……」


戸惑いの声。


エリオンは小さく笑い――


「し……」


低く、囁いた。


胸が高鳴る。


その直後――


ふたりのすぐ横を、誰かの気配が通り過ぎた。


音もなく、風に紛れるように。


リリナは、気づかない。


だがエリオンの視線だけが、静かにそれを追っている。


やがて——


ゆっくりと帽子が降ろされる。


「帽子は……被るためのものですよ」


静かな声音。


そう言って、エリオンはそっと帽子を持ち上げる。


指先が、触れるか触れないかの距離で揺れた。


ゆっくりと、リリナの頭へとかぶせる。


その一瞬——


わずかに髪を撫でるような感触が残る。


その眼差しに、リリナの頬が、じわりと熱を帯びた。


そして——


小径の先に、“誰か”が立っていた。


「……?!」


エリオンの瞳が細められる。


「……フェイラ」


北西山域から救い戻した調査団の精鋭。


背が高く、細身の体躯。

整ったショートヘアに、凛とした空気。


性別すら曖昧にするような、美しさ。


「今、私から隠れましたね……殿下」


湖の底のように澄んだ低い声。


リリナは思わずエリオンを見上げる。


彼は穏やかに微笑んだ。


「今日中には向かうつもりでしたよ」


だがフェイラは、動かない。


「悠長なことを言っていられない事態です」


空気が変わる。


「王都ル=アルシェに“闇”が迫っています。

明日には、ここもセレフィアと同じ日没を迎えるでしょう」


「……っ」


リリナは息を呑んだ。


フェイラの声が、静かに落ちる。


「静水祭をお考えになられる時ではございません」


エリオンはしばし沈黙し、やがて言った。


「……王に報告しよう」


フェイラは短く頷く。


ふたりは歩き出す。


リリナは慌てて、その背を追った。


――そのとき。


エリオンが振り返った。


「フェイラ――僕は後から向かう。先に報告を」


フェイラは足を止め、リリナを見る。


その視線に、一瞬ぞくりとする。


——値踏みされているような、静かな圧。


だがすぐに逸らし、


「承知しました」


とだけ告げて、音もなく去った。


静けさが戻る。


リリナは慌てて言葉を紡ぐ。


「ご、ごめんなさい……私、歩くの遅くて……

その……先に行っていただいても――」


言い終える前に、エリオンが微笑んだ。


「それはできません」


胸が、跳ねる。


そして。


「手を……繋ぎましょうか?」


「え……?」


差し出された手。


リリナはそっと、自分の指を重ねた。


「行きましょう」


「……はい」


伝わる体温が、胸を熱くする。


ふたりは足早に――

それでも確かに距離を縮めながら、城へと向かった。


対岸では、静水祭の準備の音が微かに響き、

その向こうで、闇の気配が静かに揺れていた。

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