第224話 水の都の迎え、眠る記憶
アクエリシアの王城は、セレナス湖の水面に映る光をそのまま形にしたように、白と水の光で編まれていた。
扉をくぐった瞬間、ひんやりとした空気が広がる。
けれどその冷たさは氷ではなく――
静かな湖の底を思わせる、深い安らぎだった。
石造りの廊下を進むと、広間にはすでに王と王妃、第一王子がリリナの到着を待っていた。
エリオンと並び姿を見せると、
ラディウス・マティアス・アクエリシア王が静かに立ち上がる。
「ようこそ、アクエリシア王国へ。リリナ姫殿下。
我が国は水と霊性を重んじる地。……あなたのような“光の器”を迎えられること、心より嬉しく思います。」
儀礼を越えた温度が、その言葉に宿っていた。
続いて王妃セレナが優雅に歩み寄り、柔らかく微笑む。
「リリナ。あなたを覚えていますよ。
あんなに小さかったあなたが……こんなに健やかに。
どうか、この地で心安らかに過ごしてくださいね。」
水のように穏やかな声が、胸にしみていく。
そして第一王子セラフィンが軽やかに前へ出て、深く礼をした。
「リリナ姫様。再びお目にかかれて光栄です。
学院には行けませんでしたが、エリオンから話は聞いています。
ぜひ、あなたの口からも――」
明るく、活気のある青年だった。
ここには、立場を越えた“水の国の温度”があった。
その優しさが、胸の奥に静かに広がった。
エリオンは何も言わず、わずかに目を伏せる。
その瞳の奥には、静かな安堵が宿っていた。
⸻
案内されたのは、陽の差し込むバルコニー付きの一室だった。
エリオンが扉を開く。
視界に広がったのは――
淡い水色を基調とした、穏やかな空気をまとった部屋。
丸みのある木製家具。
天蓋付きのベッドには、小さなレースと貝殻の飾り。
棚には絵本やぬいぐるみ、繊細な刺繍細工が並んでいる。
誰かが、大切に、大切に使っていた場所。
ひと目で分かった。
――ここには、幼い女の子が住んでいた。
リリナは息を呑む。
「……ここは」
「妹の部屋でした。……今は、もういませんが。」
エリオンは静かに告げた。
その声に、冷たさはない。
悲しみを凍らせず、水に溶かしたような――
深く、やわらかな揺らぎだけがあった。
「掃除は続けていますが……
家具も玩具も、そのままにしています。
……手を加えることが、できなくて。」
リリナは、そっと部屋を見渡す。
絵本の色。
ぬいぐるみの小さな縫い目。
テーブルの端に置かれた、手作りの花冠。
好きだったもの。
触れていたもの。
夢を見ていた場所。
(……まるで、この部屋ごと
エリオン様の心に触れてしまったみたい……)
胸にそっと手を当てる。
「ありがとうございます、エリオン様。
この部屋を……私に使わせてくださって。」
エリオンは、ふっと目を細めた。
「きっと、妹も……
リリナ姫様が来てくださったこと、喜んでいると思います。」
その微笑みは、どこまでも優しくて――
けれど、触れたら消えてしまいそうなほど遠かった。




