第222話 出発の朝、透明な微笑み
翌朝。
皆に温かく見送られながら、
リリナはアクエリシア王国へ向けて出発した。
上空では、いつの間にか戻っていたアウルが、
朝の光を受けて煌めいている。
(アウル……いってきます)
馬車の中。
向かいに座るエリオンは、窓の外を静かに眺めていた。
「アウルは、綺麗ですね。」
不意に落ちた言葉に、リリナの胸がわずかに跳ねる。
「……はい。とても。」
ふたりは同じ空を見上げ、
同じタイミングで視線を戻した。
エリオンが、そっと問いかける。
「昨夜は、よく眠れましたか?」
「えっと……あまり……」
苦笑がこぼれる。
母との会話が、胸に残っていた。
エリオンが、静かに息をもらした。
「アクエリシアまでは時間があります。
少し休まれても構いませんよ。」
柔らかな声。
けれど――
どうしても、気になってしまう。
エリオンの過去。
ティアラ王女のこと。
そして――学院時代、“あの子”の存在に振り回されていた――あの頃の誤解が、胸に蘇る。
(あれは……ティアラ王女のことだったの……?)
胸が詰まる。
息が、わずかに浅くなる。
「……あの、エリオン様」
顔を上げた瞬間。
優しい碧の瞳と、まっすぐに視線が重なった。
その眼差しが、あまりにも澄んでいて――
言葉が、ほどける。
(こんな……踏み込むようなこと……言えない)
「……いえ、なんでもありません。」
首を振って、笑ってごまかす。
エリオンは、それ以上追及しなかった。
「……本当に?」
穏やかな確認。
リリナはもう一度、小さく頷いた。
そして――話題を変える。
「あ、あの……荷物、減らしたんです。」
軽くなったリュックをぽん、と叩く。
エリオンが、柔らかく微笑んだ。
「服装も……軽くしてみました。」
スカートの裾を押さえながら、少し照れる。
「何を着ていくべきか、一番迷って……」
印持ちは、民の中にいる。
“姫”としてではなく、同じ目線で会いたかった。
――けれど。
見慣れない自分を見られている気がして、少し落ち着かない。
そんな心を見透かすように、エリオンはゆっくりと言った。
「どんな装いでも……リリナ姫様は、リリナ姫様です。」
穏やかで、揺るがない声。
「内側の光は、隠せません。……綺麗ですよ。」
「っ……」
一気に耳まで熱くなる。
髪を結っているせいで、それが隠せない。
思わず片手で耳を押さえる。
その様子を見て――
「帽子を買いましょう。」
「え……?」
「日差しが強いですから。」
窓の外を見ながら、目を細める。
その横顔は、どこか懐かしかった。
「前から思っていたんです。
……贈りたいな、と。」
「……っ」
胸の奥に、やわらかな温度が広がる。
「嬉しいです……!」
馬車は、静かに進んでいく。
少し速くなる心臓の音を乗せて。
――アクエリシアへ向かう朝は、
透明で、どこかくすぐったい光に満ちていた。




