第219話 旅立ちの支度、揺れる心音
部屋に戻ったリリナは、静かに旅の支度を進めていた。
本来なら——
次にここを離れるのは、
ルクヴェルで行われる婚約式のはずだった。
それが今は、
世界を救う旅へと変わっている。
あの頃の自分は、想像すらしていなかった。
⸻
両親にはすべてを話し、
日没後の外出を禁じる警報が、国全体へと発令された。
これで少しでも、影鐘隊に消され、
アンダーヴェイルへ迷い込む民が減るはずだ。
あとは——レンセリオン様が王都へ戻り、報告し、
その情報が、世界中へ広がれば。
けれど。
夜が長くなるほど、ルミナリエの民の生活は制限されていく。
それはきっと、新たな問題も生む。
……それでも。
(まずは、人命……)
リリナは、そっと胸に触れた。
(私の印が完成するまで……この世界は、持つ……?)
あと六つ。
自分の覚醒を含めて、七つの魂。
時間は——かかるだろう。
(どんな人たちなんだろう……)
残る“印持ち”たち。
王族の印は、自分とレンセリオン様、そしてエリオン様。
それ以外は、民の中にいる。
どうやって出会うのか。
どうやって「世界を救う」なんて話を——伝えるのか。
それでも。
(……信じたい)
未来を。
⸻
足元で、ルナがリュックをくんくんと嗅いでいた。
「ふふ……何か気になる匂いがするの?」
しゃがんで抱き上げると、
ルナは嬉しそうに喉を鳴らし、腕の中に収まる。
「ルナ……また、しばらくお別れだよ」
ぺろ、と舌が伸びる。
「だめ、顔は……っ」
避けても、すぐ追いかけてくる。
小さな攻防戦のあと——
リリナは、もう一度ぎゅっと抱きしめた。
⸻
「ごめんね、ルナ。本当は……連れて行きたいのに」
腕に、自然と力がこもる。
「でもね……旅の先で、ルナのこと“美味しそう”って言った人がいるの」
少しだけ、苦笑が混じる。
「だから……連れていけないの」
つぶらな瞳が、じっと見上げてくる。
胸が、きゅっと締めつけられた。
「ルナが、いつものように過ごせなくなるのは……嫌なの。
お散歩も、できなくなっちゃうでしょ?」
静かに、言い聞かせるように。
「そんなの、ルナも嫌だよね」
「だから私……強くなる」
言葉が、少しだけ震える。
けれど——
「仲間と繋がって、悪いものを終わらせて……」
一拍。
「必ず、帰ってくるから」
「それまで……待っててね、ルナ」
ぎゅうっと抱きしめる。
ルナは、小さく「きゅん」と鳴いた。
それはまるで——
「いってらっしゃい」と、言ってくれている気がした。




