第216話 影の獣、揺らぐ想い
レンセリオンは深く息を整え、静かに問うた。
「その者たちが存在するということは……
アンダーヴェイルにも神獣がいるということなのか。」
リリナはゆっくり首を横に振る。
「神獣は……見えませんでした。
でも……鴉がいました。巨大な。
この世界では考えられない大きさで……。
私が影鐘隊に追われていた時、その鴉の背に乗った彼が……助けてくれました。」
(……正確には、捕まえられた、だけど)
「彼の影の中から、飛び出すんです。
——その鴉が。」
エリオンが困惑したように眉を寄せた。
「それは……想像範囲をかなり超えていますね。」
リリナも苦笑した。
ふと、レンセリオンの視線がじっと自分を射抜いていることに気づく。
(……聞きたいこと、たくさんあるよね……
でも、耐えてくれてる……)
リリナは思い切って切り出した。
「れ、レンセリオン様……。
ネックレスは、彼が持っています。本当は……奪われてしまったのですが……」
ふたりの空気が、一瞬で凍りついた。
「アンダーヴェイルで再会したら返すって……約束しました。
だから、預けました。
奪い返すことも……できました。
でも、しませんでした。」
ヴァエルがあっさりと眠りに落ちた姿が脳裏をよぎり、リリナは言葉を止めた。
「それをしなかったのは……私の意思です。
七つの魂と繋がり、もう一つの世界の扉を開きたい。
そこから繋がる“新しい縁”も……私は大切にしたいのです。」
気づけば、息が上ずっていた。
自分でも、何を言っているのか分からないほど必死だった。
「リリナ……」
その静かに落ちる声に、胸が震える。
レンセリオンが席を立ち、リリナを手招きした。
「え……?」
戸惑いながらも近づくと、
レンセリオンの腕が、リリナを引き寄せた。
「わ……っ」
驚く間もなく、胸に抱き込まれる。
エリオン様がそばにいるのに——
そんなこと、彼には関係ないようだった。
強引ではなかった。
ゆっくりと。
守るように。
レンセリオンはリリナの額に自分の額をそっと触れさせた。
琥珀の瞳が、すぐ近くで揺れる。
「ネックレスは形でしかない。」
低く、静かな声。
「縛ってもいない。……そんなことで怯えるな。」
その手が、リリナの頬をそっと包む。
「俺たちは、あの日、選んだんだ。」
一拍。
「……そうだろう?」
胸の奥が、熱く波打つ。
逃げ場のないほど近い距離で、問いかけられる。
リリナは戸惑いながらも——
小さく、確かに頷いた。
レンセリオンの瞳が、柔らかく細くなる。
そして彼は、
リリナの額に、そっと口づけた。
それは激しいものではなく、
誓いのように――静かなキスだった。
視界の端で、エリオンの静かな視線が揺れる。
——だが、レンセリオンは振り向かなかった。




