第215話 影から来た声、揺れる信頼
レンセリオンの異変が気になったが、
首元に浮かんだ紋は、リリナの必死の声に応えるように、ゆっくりと光を弱めていった。
荒れていた呼吸も、次第に整っていく。
(……よかった……)
完全に消えたわけではない。
それでも――“声は届いた”と感じられた。
リリナは胸の鼓動を落ち着かせ、
まず伝えるべきことから、言葉を紡ぎ始める。
「私たちの世界に突如現れた黒装束。
あれは……影の世界から漏れ出た者たちです。
“影鐘隊”と言うそうです」
レンセリオンとエリオンは、目を細めて話を聞いていた。
「私はアンダーヴェイルに降り立った時、
ちょうどその巡回の時間だったようで……追われました」
「しかし、我々は……」
レンセリオンが言いかける。
リリナは、すぐに首を横に振った。
「アンダーヴェイルでは、私たちも“対象”なんです。
捕まると、どこかに幽閉されるみたいで……たぶん朝まで……」
「たぶん……?」
エリオンの瞳が、わずかに揺れる。
「時間の表現が独特で……。
アンダーヴェイルは、黒月が一日中、空にあります。
夜明けは来ないけど、人々は光を灯して生活していました」
一拍、息を整える。
「“初影”、“深影”、“返影”、“眠影”……
それが、あちらの一日の区切りです」
ふたりは驚きながらも、冷静に頷いた。
「では……拘束されても、一定時間で解放されるのか?」
レンセリオンの問いに、リリナは強く頷く。
「生きています!
直接確認したわけではありませんが……
アンダーヴェイルに、ルミナリエの民が迷い込んでいました!」
ふたりは、言葉を失った。
「その者たちを……どうやって戻す……?」
エリオンは、静かに思考を巡らせる。
リリナも、息を詰めた。
「で、でも……どこかに“扉”があるみたいなんです!」
「扉……?
アンダーヴェイルに通じるものか?」
「はい……。場所までは分かりません。
でも、それは――私たちで開く扉だと……」
「七魂と、あなたで開く扉……ですね」
エリオンの言葉に、リリナは頷いた。
そして、さらに言葉を重ねる。
「アンダーヴェイルには……
“世界を蝕む新しい命”がありました。
赤黒くて……臓器のような……
“黒胎”と呼ばれている、生きた塊です」
息が浅くなる。
「黒月を養分にして繁殖し、どんどん大きくなっています。
今は……丘ほどの大きさでした」
レンセリオンもエリオンも、息を呑む。
「その命を止める方法は、まだ分かりません。
でも……確実に存在していて、
この世界にも……広がり始めているかもしれません……」
「誰が、それを?」
エリオンの声が低くなる。
リリナは、少しだけ迷って――答えた。
「アンダーヴェイルにいる……“器”です。
ヴァエルという者が、教えてくれました」
「器だと……?」
レンセリオンの表情が、鋭く変わる。
リリナは、小さく頷いた。
「彼の印は……“完成”していました」
その瞬間――
「待て」
レンセリオンが手を突き出す。
隣で、エリオンが静かに息を吐いた。
そして、ふたり同時に。
「——そいつだな」
「……ええ」
リリナは肩をびくりと跳ねさせた。
(わ、私……何か言い方を……)
はっとする。
(あ……破れた衣類……!)
一気に顔が熱くなる。
「ち、違います……!
その……少し乱暴なだけで……!」
必死に言い訳する。
だが、ふたりの視線は変わらない。
理解できないものを見る目。
リリナの胸が、ざわりと揺れた。
言葉が、うまく出てこない。
次に何を伝えるべきか――
必死に探していた。




