第213話 揺れる部屋、交差する想い
西翼館に足を踏み入れた瞬間――
騒ぎを聞きつけたユスティーナが、ナイトガウン姿のまま駆け寄ってきた。
「リリナ……!」
エリオンの腕に抱えられたままのリリナの手を、
ユスティーナは両手で包み込む。
離すまいとするように、強く。
「何があったのですか……!」
震える声。
だがリリナは、動揺で言葉が出ない。
その様子を見て――
エリオンが静かに口を開いた。
「ユスティーナ様。姫様は、まだ混乱しておられます。」
母の心をそっと抑えるような声音。
ユスティーナは胸に手を当て、何度も頷いた。
「……部屋へ参りましょう。」
彼女に導かれ、エリオンはリリナを抱えたまま、足早に部屋へ向かった。
⸻
部屋に入ると同時に、
エリオンはリリナをベッドへ、そっと座らせた。
ほどなくして、医務官たちが道具を抱えて駆け込んでくる。
脈を測られ、状態を確認される中――
「俺は婚約者だ。通してくれ。」
扉の向こうから、レンセリオンの声が響いた。
衛兵たちの戸惑いが、廊下にざわめきを広げる。
西翼館は本来、男性が立ち入れない区域。
それでも、彼は止まらなかったのだろう。
(レンセリオン様まで……)
胸が、ぎゅっと痛む。
⸻
騒動がひとまず落ち着いた頃。
着替えを終え、
リリナはソファに腰を下ろしていた。
診察結果は異常なし。
外部侵入者は、依然として捜索中。
(……本当はいないのに……)
(全部、私のせいだ……)
視線を上げる。
向かいのソファには――
心配を隠しきれないエリオン。
そして、本来ならここにいるはずのないレンセリオン。
二人とも、何も言わず、リリナを見ていた。
(なにか……話さなきゃ……)
焦りが胸を締めつける。
「な、何から……話せば……」
言いかけたその瞬間、
ふたりの表情が、わずかに緩んだ。
「無理に今でなくても構いません。」
静かに言ったのは、エリオン。
レンセリオンも短く頷く。
だが――
その視線だけは、逸らさない。
リリナの首元へ。
(……気づかれてる……)
ネックレスのない場所。
胸が、痛む。
リリナはそっと指先で触れた。
そこにあったはずの、光花のネックレス。
「……置いてきました。」
小さな声。
だが――
部屋の空気が、わずかに揺れた。
ふたりの視線が、鋭くなる。
盗られたと告げれば、
ヴァエルへの敵意は避けられない。
それは――
この先、黒胎と向き合うための“繋がり”を壊す。
(私は……冷静でいないと……)
胸の奥で、覚悟が固まる。
リリナは深く息を吸い――
ふたりを、まっすぐ見た。
「私は……」
一拍。
「アウルの扉を、開きました。」
⸻
空気が、凍りつく。
エリオンの瞳が見開かれ、
レンセリオンの拳が、わずかに強く握られる。
――運命が、動き出す。




