第209話 影の夜、近づく距離
館へ戻る頃には、酔いはすっかり抜けていた。
再び、あの長い階段。
リリナは息を整えながら登る。
上では――
まったく待つ気のない足音が、一定の速度で遠ざかっていく。
「ま、待って……!」
呼びかけても、止まらない。
(もう……!)
一段、踏みしめる。
「あの黒胎の命を止める方法、
あなた……分かってるんですか!?」
仕方なく、下から叫ぶ。
その瞬間――
足音が止まった。
ヴァエルが振り返る。
その隙を逃さず、リリナは一気に駆け上がった。
並ぶ。
「……追いつきました。」
少しだけ、誇らしげに笑う。
次の瞬間。
ツン。
ヴァエルの指が、リリナの額を軽く押した。
「お前。何か知ってるんだろう。」
淡々とした声。
「神の声が聞こえるんじゃなかったのか。」
「そんな言い方しないでください!」
思わずムキになる。
「私とアウルの関係は、軽いものじゃありません!」
言い切る。
ヴァエルは、口元だけでふっと笑った。
「へぇ。」
気のない返事。
そのまま、再び階段を登り出す。
(……むかつく……)
(でも……ちょっと嬉しい……)
リリナは頬を膨らませながら、後を追う。
やがて、上階へ辿り着く。
ふと振り返る。
長く、長く続く階段。
思わず、声が漏れた。
「階段……必要ですか、これ……?」
「ヴァルゼアに乗るには、ちょうどいい高さだ。」
「あ……そういう……」
小さく、反省。
――
部屋に戻る。
ヴァエルは迷いなくベッドへ向かい、
その縁に腰を下ろした。
靴を脱ぐ。
無駄のない動き。
リリナは、少し離れた場所からそれを見ていた。
(この人……)
(本当に、何を考えてるの……)
ふいに。
ヴァエルが顔を上げた。
視線が、ぶつかる。
ほんの一瞬。
静かな間。
ヴァエルの口元が、わずかに緩んだ。
さっきよりも、少し柔らかい笑み。
そして――
「……隣に来いよ。寝る。」
「えっ……!?」
心臓が、大きく跳ねた。




