第205話 赤い印の意味、影の翼が呼ばれる夜
リリナは、ゆっくりと世界地図へ歩み寄った。
近くで、確かめたかった。
一枚の大陸。
国境の線はなく、巨大なひとつの領域として描かれている。
(この×……ここが“何か”なの……?)
その印に、自然と視線が引き寄せられる。
「その意味が分かるのか?」
――耳元。
低い声が、突然落ちた。
「ひゃっ……!」
反射的に振り返る。
すぐ真後ろに、ヴァエルが立っていた。
壁と彼に挟まれた、逃げ場のない距離。
「あなた……足音は……?」
「……見に行くか?」
「え……?」
一瞬、言葉を失う。
視線が絡む。
試すような目と、探るような目。
リリナは小さく――けれど確かに、頷いた。
その瞬間。
ヴァエルは、大窓を開いた。
冷たい夜風が流れ込み、
ふたりの髪を静かに揺らす。
短く、口笛が鳴る。
その瞬間――
足元の影が、ゆらりと揺れた。
黒い羽が、夜気の中へ舞い上がる。
影が形を取り、輪郭を成し――
漆黒の巨大鴉が、窓の外にふわりと現れた。
(……影から……?)
(ペットって……こうやって呼ぶの……?)
呆然と見つめる。
気づけば、手にしていた瓶を傾けていた。
最後の一口を、無意識に飲み干す。
ヴァエルが、迷いのない動きでリリナの手を引いた。
「あ――」
指から瓶が離れ、床へと転がる。
軽い音。
中身が空でよかったと、胸を撫で下ろす。
そのとき。
ヴァエルが瓶へ視線を落とし、わずかに口元を上げた。
「全部飲んだのか。」
一拍。
「……ヴァルゼアの背で吐くなよ。」
巨大鴉――ヴァルゼアが、ゆったりと翼を広げる。
どこか誇らしげに。
ヴァエルは迷いなく、その背へ飛び乗った。
リリナは一瞬ためらう。
だが――
胸の奥から湧き上がる。
「知りたい」という衝動。
それに背を押されるように。
そっと手を伸ばした。
影の翼へと――。




