第203話 影に導かれた理由、器の証
ヴァエルから浴びせられる情報量に、リリナの心は追いついていなかった。
「人口増で困っている。」
まるで日常の雑談のように、ヴァエルは続ける。
「腕の立つ者は、何人か別の地へ回した。
その他は……補給工場区へ行った。」
(……他の地?
アンダーヴェイルって……そんなに広いの……?)
(補給工場区……労働……?)
思考が追いつかない。
ルミナリエの民は――
生きて、生活している?
捕らわれているのではなく、保護されている……?
混乱が胸の奥で渦を巻く。
そのとき――
ヴァエルが、ゆっくりと立ち上がった。
次の瞬間。
足元の影が、すっと揺れる。
影が波紋のように広がり――
気づけば、ヴァエルは座り込むリリナの目の前に立っていた。
「え……な、何……?」
思わず見上げる。
その高さに合わせるように、ヴァエルは膝を折った。
同じ目線。
逃げ場のない距離。
「俺は、運命など信じない。」
低い声が、胸の奥へ直接落ちてくる。
「だが――お前を見た時、初めて“何か”を感じた。」
一拍。
「それが何なのか、知りたくて……ここへ連れてきた。」
あまりにも静かで。
あまりにも真っ直ぐな言葉。
リリナは、息を呑む。
その瞬間――
ヴァエルの指先が、顎に触れた。
ひやりとした感触。
身体が、びくりと震える。
「お前は、どうやってここへ来た?」
触れられた場所から、心臓まで震えが伝わる。
私は、影鐘隊に消されたわけじゃない。
私は――呼ばれた。
「……アウル。」
かすれた声で答えた、その瞬間。
ヴァエルの指が、すっと離れた。
そして――
その手が、リリナの襟元を大きく引き下ろす。
「きゃっ……!」
咄嗟に胸を庇う。
だが、ヴァエルは構わず布を押し退けた。
次の瞬間――
身体が、後ろへ倒れる。
押し倒された。
一瞬、何が起きたのか分からない。
次の瞬間、息が詰まった。
破れた布の隙間から露わになる――
左胸、魂の印。
ヴァエルの瞳が、わずかに見開かれた。
そして。
喉の奥で、小さく笑う。
「……そうか。」
理解したような声音。
「そういうことか。」
次の瞬間――
ヴァエルは、無言のまま自らの上衣を開いた。
露わになる右胸。
そこに刻まれていたのは――
鎖骨の下に――刻まれた光。
それは、ひとつではない。
……八つ。
それは美しく、同時にどこか禍々しい光を放っていた。
リリナの呼吸が、止まる。
「……っ……」
声が、出ない。
ヴァエルは淡々と言う。
「俺は完了している。」
一拍。
「お前は……まだ一つか。」
伸ばされた指が、リリナの印に触れる。
ひやりとした感触が、背筋を震わせた。
「あなた……器なの……?」
震える声で問う。
ヴァエルは、迷いなく答えた。
「そうだ。」
その瞳は、微塵も揺るがない。
「だから、強い。」
八つすべてを宿す者。
“完了した器”。
その存在は――
リリナの心を、大きく揺らした。




