第201話 影の館、試される足と心
館の中へ入ると、広々としたフロアが広がっていた。
天井からは大きなシャンデリアが垂れ下がり、薄暗い光を滴らせている。
その奥――
黒い石でできた階段が、ゆるやかに、しかし果てしなく上層へと続いていた。
(……何段あるの?)
見上げる。
その先で――
ヴァエルはすでに、階段の半ばにいた。
歩く速さも、登る速さも――異様に速い。
「ネックレス返してくださいっ!!」
リリナが階下から叫ぶ。
ヴァエルはゆっくり振り返り、淡々と言った。
「お前。弱いし、ノロマだな。」
言い捨てて、また歩き出す。
(……失礼にも程がある!!)
(初対面で全部否定してくるなんて!)
怒りが胸に広がる。
「ヴァエル!
あなたって人は、教養ってものがないのですか?!」
勢いよくスカートをまくり上げ、リリナは階段を駆け上がった。
黒い石の段を踏むたび、硬質な音が響く。
上へ行くほど光は薄れ、影が濃くなる。
その気配に、ヴァエルが振り返る。
次の瞬間――
リリナの必死で、どこか勇ましい姿を見て、
ヴァエルの口元が、わずかに上がった。
それは――
この世界で初めて見る、“影の男の笑み”。
一瞬。
胸が、ふわりと揺れる。
……嬉しい、なんて。
そんな感情がよぎった自分に、戸惑う。
(……なんで……)
悔しさが、遅れて込み上げた。
ヴァエルは歩幅を変えず、ただ自分のペースで登り続ける。
リリナが、あと少しの距離まで迫ったとき――
足が止まった。
息が上がる。
呼吸が、追いつかない。
その様子を、ヴァエルが見下ろす。
「不憫な奴だな。」
冷ややかな声。
同情にも、嘲りにも聞こえる。
次の瞬間――
ヴァエルの姿が、上層の影へと溶けるように消えた。
「……っ」
リリナは、唇を噛む。
(……あの先に、何があるの……?)
勢いは鈍る。
それでも――
一段ずつ、登る。
ネックレスを取り返すために。
あれは――
レンセリオン様と未来を誓った証。
私たちは、幸せになるんだ。
胸に決意を抱きながら、階段を登りきる。
やがて――
生活の気配が漂う広い空間へと、辿り着いた。




