第198話 黒鐘鳴る街、影が走る
ここは――
足元の石が、冷たい。
ルミナリエでは感じたことのない、
異質な硬さだった。
リリナは、ゆっくりと顔を上げる。
――光。
煌々と光る建物が、路地の奥まで並んでいた。
胸の鼓動が、一気に速くなる。
見上げる。
ルミナリエの温もりある建築とは、まるで違う。
無機質な光を宿した建物が、隙間なく並んでいる。
窓から漏れる白い光が、夜の街をくっきりと浮かび上がらせていた。
建物の隙間から、月が覗いている。
(こっちも……夜なんだ……)
ほんのわずかに安堵し、
リリナは月がよく見える場所へと歩いた。
そして――
見上げた瞬間。
息が、止まった。
それは、月ではなかった。
光を覆うように、黒い影が“喰らいついている”。
(……何、あれ……)
(こんなの……見たことない……)
そのとき――
ゴォォォォン――!!
身体の奥まで叩きつけられるような鐘の音。
「っ……!」
反射的に、耳を塞ぐ。
ゴォォォォン――!!
音は消えない。
骨の内側に直接響くような、重低音。
(どこから……!?)
視線を巡らせる。
街の奥――
黒い塔が、闇を突き刺すようにそびえ立っていた。
その頂で。
巨大な“影”が揺れている。
鐘。
だがそれは――
闇そのものが形を取ったような、異形の鐘だった。
ゴォォォォン……!
建物が微かに震え、
振動が地の底まで染み渡る。
(……この音……)
(北西の山域で聞いた鐘と……同じ……!)
胸が、大きく跳ねた。
(このあと、来るのは――!)
振り返る。
建物の隙間。
黒い影が――
一歩、滑るように現れた。
黒装束。
「きゃあああっ!!」
喉が勝手に悲鳴を上げた。
黒装束は、一直線にリリナへ向かってくる。
周囲を見回す。
別の標的――
いない。
誰も、いない。
(……私……!?)
(狙われてるの……!?)
背筋が凍る。
建物へ逃げ込もうとするが――
入口が、ない。
振り返る。
黒装束は、音もなく距離を詰めてくる。
そして――
逃げ込んだ先の路地でも。
影の中から、スッ、と別の黒装束が現れた。
挟まれた。
「っ……!」
リリナは別の角へ飛び込む。
呼吸が荒れる。
胸が痛い。
どこを走っているのか、もう分からない。
入口がない。
逃げ場がない。
そのとき――
ふっと、光が翳った。
(……え?)
走りながら、顔を上げる。
巨大な“影”が、街の上を横切っていた。
(か……鴉……!?)
(こんな大きさ……ありえない……!)
漆黒の大翼が、夜を裂く。
その背に――人影。
深い黒の短髪。
片目にかかる前髪。
覗く瞳は、琥珀と墨を溶かしたような色。
視線が――ぶつかる。
その瞳は、驚くほど静かだった。
次の瞬間。
巨大鴉が、進路を変える。
リリナの背後へ――回り込んだ。
(ど、どうして……!?)
黒装束。
巨大鴉。
そして、その背の“男”。
三方向から、逃げ場を塞がれていく。
足が、止まりそうになる。
(……逃げなきゃ……!)
「きゃああああっ!!」
リリナは、最後の力を振り絞る。
影の街を――
ただ前へ。
全速力で、駆け抜けた。




