第195話 大樹の胎内、光を宿す根の間へ
黒い幕が落ちたように、扉の先は完全な闇だった。
「……ランプ、持ってきてよかった」
か細い声は、吸い込まれるように闇へ溶けていく。
ランプを掲げると、淡い光が細い通路を照らし出した。
一本道――
まっすぐ奥へと続いている。
「どこに……繋がっているんだろう……」
左右の壁は狭く、天井は低い。
息がこもるような、閉ざされた空間。
「……とりあえず、前へ」
リリナは小さく息を整え、慎重に一歩を踏み出した。
響くのは、自分の足音と呼吸だけ。
――ふと。
不安が、胸をかすめる。
(……同じ場所を歩き続けている気がする……)
立ち止まり、振り返る。
だが、そこにはもう扉はなかった。
闇が、すべてを飲み込んでいる。
(ちゃんと……前に進んでるよね……?)
どれほど歩いたのか――
時間の感覚が、ゆっくりと曖昧になっていく。
やがて。
“変化”が現れた。
突き当たりの壁。
ランプを掲げると、右へ続く細い通路が浮かび上がる。
その角を曲がった瞬間――
体が、わずかに前へ傾いだ。
(……下ってる……?)
足元に伝わる、微かな傾斜。
油断すれば、そのまま引き込まれそうな感覚。
リリナは壁に手を添えながら、慎重に進んでいく。
そして――
通路が、途切れた。
視界が、開ける。
「……この空間は……?」
思わず、息を呑む。
そこには――
広い空間が広がっていた。
壁一面に、太い根が絡みつくように張り巡らされている。
その奥から――
ぼんやりと、“命の光”が滲んでいた。
先ほどまでの冷たい闇とは違う。
この場所には、確かな温もりがある。
足元の大地に触れる。
硬くも、冷たくもない。
ほんのりと――
心臓の鼓動のような温かさが返ってきた。
(この場所……生きてる……?)
根の内側に宿る光が、呼吸するように揺れている。
脈打つように。
静かに。
確かに。
そのとき――
ひとつの考えが、胸に浮かぶ。
「……まさか……」
声が、かすかに震える。
「私……大樹を、下って来てた……?」
言葉は、広い空間の静寂へと溶けていく。
その静けさは――
まるで。
“世界の胎内”へ還ってきたかのようだった。
温もりと。
重さと。
そして、どこか懐かしい気配を孕んで。




