第194話 隠された扉、脈打つ光の先へ
隠し扉の奥へ足を踏み入れると、
手にしたランプの淡い光が、細い通路の闇へ溶けていった。
狭い空間に浮かぶ灯りは、壁の曲線をぼんやりと撫で、
先の見えない暗がりを、ただ静かに照らしている。
(……私、昔こんな場所にひとりで来たの……?)
幼い日の無鉄砲さが、今では信じられない。
今の私は――少し、怖い。
知らなかった頃は、怖がりようがなかっただけかもしれない。
ふと、氷の膜越しに見た黒装束の影が脳裏をよぎる。
輪郭も、鼻も、口もない。
暗闇の中に、赤い光だけが浮かんでいた――
あの“存在してはいけない形”。
リリナは小さく首を振り、記憶を振り払った。
通路は進むほどに狭まり、
やがて二人並べば肩が触れ合うほどの幅になる。
その先に――
“扉”があった。
行き止まりのように、静かに立ちはだかっている。
「ここ……」
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
昔、押しても開かなかった扉。
“開かなかった記憶”だけが、確かに残っている。
今なら、開くのだろうか。
それとも――
これは、まだ開けてはいけない扉なのか。
リリナは、そっと両手を扉へ置いた。
――瞬間。
掌に、柔らかな温もりが灯る。
怪我が癒えたときに感じた、あの脈動と同じ温度。
「光が……」
息を呑む。
淡い光の線が、扉の奥を流れ始めた。
まるで血管を巡る血流のように、
光が脈打ちながら、扉全体へと広がっていく。
ドクン。
――扉が、応えた。
ほんのわずかに、震えた気がした。
光はさらに強くなり、
やがて静かに中心へと収束していく。
リリナは、そっと力を込めて押した。
だが――
扉は、動かない。
「やっぱり……開かない……!」
胸の奥に、焦りがじわりと広がる。
どうして。
これだけ、応えているのに――。
そのとき。
ひとつの感覚が、胸の奥に浮かび上がった。
光と命を巡らせる存在。
行って、戻る。
巡り、繋がる。
(……循環……)
言葉が、自然と心に落ちる。
光がすべて扉の中心へ戻った、その瞬間――
リリナは、もう一度、静かに押した。
ふわり……。
驚くほど、柔らかく。
抵抗もなく――
扉は、開いた。
まるで。
“帰ってきた命”を受け止めるように。
歓迎するように。
その奥の暗闇で――
何かが、静かに息をしている。
ランプの灯がゆっくりと奥を照らし出す。
光の粒が、ふわりと舞い上がり――
そのまま深淵へと吸い込まれていった。




