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第193話 黎光の書庫、隠された扉の先へ
静まり返った西翼館の回廊を、
リリナは足音を忍ばせるように歩いていた。
(誰にも会いませんように……
とくに、マルナだけには……)
もし見つかったら――
『姫様、健康と美容のためにもお休みくださいませ。』
あの優しい声で、きっと引き止められてしまう。
ランプを手に、書庫の扉の前へ立つ。
胸の奥で、緊張と期待が小さく脈打った。
そっと手を伸ばし、扉を押す。
ギィ……。
静かに開いたその先には、
懐かしい紙とインクの匂いが満ちていた。
(……変わってない)
教育係だったエルダン老人と、
ここでいろんな話をした記憶が、ふっとよみがえる。
今も老司書として健在だが、
顔を合わせる機会は、すっかり少なくなっていた。
リリナは、迷うことなく奥の棚へと歩みを進める。
誰かに教えられたわけでもないのに――
なぜか“この棚に隠し扉がある”と知っている。
(どうして……?)
思い出せないまま。
それでも、ためらいはなかった。
本棚に手を置き、静かに力を込める。
ゴゴ……ッ。
重い木の棚が、ゆっくりと横へ滑る。
現れたのは――
人ひとりが通れるほどの、暗い隙間。
その奥から、ひんやりとした空気が流れ出した。
まるで――
地下の奥底が、息をついたかのように。




