第13話 水と光の縁
澄んだ汁物の皿が下げられ、
温かな料理の皿へと移ったころ。
ふとリリナは、胸の奥にあった小さな疑問を口にした。
「……あの、エリオン様。
アクエリシアと私の国セレフィアって……どういう関係なんでしょうか?」
知らないことが多すぎて、少しだけ恥ずかしかった。
エリオンは、すぐに優しい笑みを向ける。
「セレフィアの大樹を源とする“黎光の川”をご存じですか?
あの川は国境を越えて流れ、アクエリシアの聖湖セレナスに注いでいるんです」
「……セレナス湖に?」
リリナの目が輝いた。
「王宮に飾られている絵画で見たことがあります!」
エリオンは目元を和ませる。
「黎光の川は『魂の巡り道(アリエスの流れ)』とも呼ばれています。
古くから“光と水の祈りを交わす聖流域”として大切にされてきました。
セレフィアの黎光祭には、アクエリシアの楽師が“水の調べ”を奏で、
アクエリシアの静水祭には、セレフィアの祈祷師が“光の花弁”を供える。
互いの祭で“生命と慈愛”を捧げ合う、古い友好の証なんです」
「“生命と……慈愛”……」
リリナが小さく呟くと、
エリオンの瞳が、光を映したようにそっと揺れた。
いま語られた“光と水の巡り”が心に触れて、
自然と、あの言葉がよみがえった。
リリナは一度、匙を置いた。
水面に残った揺れが、消えるのを待つように。
そして、小さな声で口を開いた。
「……あの。
さっき……私と“繋がる理由がある”って、仰っていましたよね。
それは……
セレフィアとアクエリシアが、川で繋がっているから、ですか?」
エリオンは一瞬だけ目を瞬かせ、
すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「――ああ。それも、理由のひとつです。
けれど、もうひとつあります。
噴水広場で、リリナ姫様が見上げた竜……覚えていますか?」
リリナはこくりと頷いた。
「あの聖光竜ルクシオンは、レンセリオン殿を選んだ神獣です。
本来は、印を持つ者にしか“輪郭”は見えません」
その言葉に、リリナは静かに目を伏せた。
驚きよりも先に、胸の奥で何かが腑に落ちていった。
――マルナには見えていなかった。
――けれど、自分には“ずっと前から”不思議な気配が感じられた。
エリオンは左胸へ手を添えた。
「だから、リリナ姫様にも見えたんです。
あなたにも――印があるから」
リリナのまつ毛がわずかに揺れた。
大きく驚いたわけではない。
ただ、胸の奥に埋めていた想いが、そっと形になっただけ。
「そして僕にも、印があります。
聖湖セレナスの守護神……氷鱗の鯨・セレーネに選ばれた者です」
リリナは息を呑んだ。
驚きよりも、安堵に近かった。
(……やっぱり。エリオン様も……)
「……じゃあ……
私と“繋がる理由がある”って……」
エリオンは続きを受け止めるように、優しく微笑んだ。
「ええ。
リリナ姫様が“黎光の器”なら――」
エリオンは、一度だけ静かに息を吸った。
まるで水面に触れる前のように。
「僕は、その光を包み、癒す“慈愛の魂”です」
その声音は、水面に落ちる陽の反射のように静かで、
その意味は、まだリリナにはすべて理解できなかった。
ただ――
胸の鼓動だけが、ふたりの間に確かに響いていた。
話しているうちに、甘い一皿も静かに終わりを迎えていた。
「リリナ姫様とお話ししていると……時が過ぎるのを忘れてしまいます」
そう言って、エリオンはふと時刻に気づいたように優しく笑った。
「とても楽しい食事でした」
その言葉に、リリナの胸が温かくほどけていく。
⸻
リリナの部屋の前で、ふたりは立ち止まった。
「では、おやすみなさい。リリナ姫様」
その微笑みが、あまりにも温かくて――
胸の奥に、別れたくない想いがふわりと灯る。
「……その……
あの、明日も……会えますか?」
思いきって口にすると、
エリオンは少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに優しく笑った。
「明日は、ルク=セリアを案内しましょうか?」
「……はいっ!」
リリナが勢いよく頷くと、
エリオンはまるで嬉しさを隠しきれないように柔らかく微笑んだ。
「では、また明日。会いに来ます」
「……待ってます」
エリオンが歩き去る背中を、
リリナはしばらく見送っていた。
扉が閉まったあと、リリナはそっと胸に手を当てる。
胸の鼓動が、さっきより少しだけ速い。
――その脈動が、彼の声と重なるように。
――まるで“印”が、静かに呼応しているかのように。




