第12話 光の食卓と、揺れる心
部屋に戻ると、散らかしたままの私物が、すっかり綺麗に整えられていた。
きっと、マルナが片付けてくれたのだろう。
姿は見えなかったが、リリナが残した置き手紙の横に、丁寧な追伸が添えられている。
“エリオン様とのお散歩、どうでしたか?
夕食会に着ていくお洋服を選んでおきました。明日の朝、またお話を伺いに行きますね。
ゆっくりお休みください。――マルナ”
窓の外では、夕焼けが薄桃色に街を染めていた。
リリナは、エリオンが迎えに来る前に身支度を整えることにした。
髪を軽く結い、マルナが選んでくれた服に袖を通す。
鏡の前で肩の皺を整えながら、胸の奥に小さな不安が灯った。
(……エリオン様と、二人だけなのかな。
レンセリオン様も、来られるのかな……)
思わず鼓動が早まった、そのとき――
扉をノックする音が響いた。
深呼吸をして、扉を開ける。
言葉より先に、静かな視線が絡む。
同じく着替えたエリオンが、そこに立っていた。
光の下で見るその姿は、昼間よりもいっそう整って見える。
「行きましょうか。」
その一言だけで、胸がふわりと温かくなった。
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✦ 食堂への道
歩きながら、エリオンがふと声を落とす。
「髪を結われると、雰囲気が変わりますね。」
「へ……変でしょうか……?」
思わず不安がこぼれる。
エリオンは、少し身を屈めてリリナの横顔を覗き込んだ。
「いいえ。
顔がはっきり見えて……僕は、好きです。」
その言葉に、耳の奥まで一気に熱が広がる。
押さえた指先にも、じんわりと温度が残った。
エリオンは小さく笑い、何事もなかったように視線を前へ戻す。
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✦ 光の食卓
食堂には、二人分の料理だけが整えられていた。
レンセリオンの姿は、そこにはない。
エリオンが椅子を引き、リリナが腰を下ろす。
彼も向かい側に静かに座った。
目が合うと、また柔らかな微笑み。
――そのたびに、胸の奥で何かが、ゆっくりほどけていく。
給仕が、深い白磁の皿をそっと置いた。
「聖盾のブイヨンでございます。
本日の王族献立に合わせ、特別に澄ませております。」
透明なスープの表面で、金色の油がかすかに揺れていた。
静かな輝きが、そこに留まっているようだった。
「……綺麗……」
リリナがつぶやくと、エリオンは目を細める。
「ルクヴェルでは、料理にも意味を持たせるそうです。
その金色は“護り”の象徴。
レンセリオン殿の国らしいですね。」
スープを一口。
静かで、やさしい味。
胸の奥に張りついていた緊張が、ほどけていく。
「すごく……緊張がほどける味です。」
「そう感じられるなら、
きっとこのスープも喜びますよ。」
その言葉は、温かな指先で触れられたようで――
胸が、また小さく揺れた。
次の皿の準備が始まると、エリオンは静かに姿勢を整えた。
「ゆっくりでいいですよ。
今日は……リリナ姫様のペースで。」
(……どうしよう。
もっと……この人のことを、知りたい。)
けれど、それを言葉にする勇気は、まだなくて。
リリナはスプーンを握り直し、そっと視線を落とした。
噴水の水面に揺れていたあの気配が、
まだ胸の奥で、静かに、揺れ続けていた。




