王国歴1669年10月23日③:女性の夢
私達は馬車に分乗して教会を目指した。体格の関係でキースとカリーナが1台目、シーナル・ビビィ・ヒイロ・私は2台目に乗る。シーナルとビビィは手帳を見ながら今晩の料理店を選定し始めた。その様子が非常に仲睦まじく、もし私が1人だったら居た堪れずに馬車を飛び降りていた所だ。しかしヒイロが手を握ってくれていたので私は笑顔でいる事が出来た。
窓の外を見ると大きな尖塔が見えてきた。それは教会の本殿と併設された尖塔で、この領内で一番高い建物だ。円筒形の上部にある窓には大きな鐘が吊るされていて、朝昼夕の3回鳴らされる。領内の人々はその音と共に起き、昼食を食べ、仕事を終える習慣だ。ちなみに尖塔には内部に階段があり、鐘の上の頂上は見張り台になっていると聞いた事がある。
馬車を降りると教会前の広場にはすでに露店が立ち並び、女神を模した像や綴織、飲み物などが売られていた。露店では10歳前の子供が客引きをしており、呼び込まれた参拝者は露店を覗きこんでいる。
聞いた話だとここの品物は教会からの委託で孤児院が作成しており、その委託料で孤児院が運営されているらしい。店番しているのも孤児院の子供で、ここで接客や計算を習い、そして基礎を覚えた子供は職人や商会などに奉公に出る事になるそうだ。
私達は露店を通り抜け、本殿の横にある詰所を訪ねる。受付には白と青色の祭服を着た女性がおり、結婚の神前報告をしたいと伝えると書類を渡してきた。
結婚の神前報告とは文字の通り、結婚した夫婦を神官が神様に報告する儀式だ。神前報告にはある程度のお布施が必要であり、また、別れた時も報告しなければならない為にお金が用意できない夫婦は行わない事もある。しかし神前報告をすると”本当の夫婦になった”という覚悟が決まるそうで、別れる夫婦は少なくなるらしい。
女性としても神前報告は憧れの儀式であり、報告の日には貴族のような衣装で報告に立ち会うのが夢なのだ。実は私も綺麗な衣装を着て報告に立ち会いたいと思っている。
キースとシーナルが女性から書類を受け取ると、その流れでヒイロにも手渡される。ヒイロはビックリしていたが、真っ赤な顔で書類を受け取った。その様子に私も緊張してしまう。
書類を受け取って外へ出ると、本日の午前の報告が終わったのか綺麗な衣装を身に付けた男女が本殿から出てきた。周囲には知り合いだろうか人垣が出来ており、拍手したり花びらを撒いて男女を祝福している。
女性は金糸と銀糸で刺繍が施された水色のドレスを身に付け、頭には半透明のベールを被り、手には赤や黄色のバラの花束が握られていた。男性は目立たないが上等な服を着ており、胸元には赤いバラが添えられている。
私とカリーナとビビィは男性の赤いバラを見て感動し、互いの手を取り合った。
女性が持つ花束は男性からの求婚の贈り物であり、男性の胸のバラは女性からの返事なのだ。女性は花束から一輪を抜き取り、想いを込めて男性の胸元に捧げる。そのバラの色が赤なら”情熱”、黄色なら”親愛”、紫なら”尊敬”などの気持ちを生涯捧げるという返事なのだ。ただし白は”純潔”を意味し、周囲からは「嘘つくな!」とツッコミをされるので普通は選ばなかったりする。ちなみに求婚を断る時は花束を突き返すらしい。
もっとも求婚自体は報告の日の前には終わっているので、この花束は儀礼的な意味しかない。しかし男性にバラを捧げるのは女性の夢であり、男性に何色を捧げるかで熱い議論が起こったりするのだ。
「…綺麗ですねぇ…」
「やっぱり憧れるよねぇ…私なら赤かなぁ…」
「女なら誰でも夢見る瞬間だぁ…私は紫だなぁ…」
私はヒイロを盗み見る。その胸元を想像し、黄色のバラが似合いそうだと思った。
その時、不意にヒイロと目が合い、そして同時に顔が赤くなる。
視線を戻すと先程の男女と知り合い達がぞろぞろと教会を出ていく所だった。
「あの夫婦さん達、このあと何処にいくんですか?」
「そうねぇ…普通なら食堂を借り切るか、その手の会場でお披露目会をするわね」
「私の田舎だとぉ自分の家で料理をこさえて、親類一同で飲み明かすだな」
「実家かぁ…私はちょっと帰りづらいなぁ…親類も呼べないかも…」
「そしたらガストロミみたいな個室で、気の知った友達と宴席を設けるのもアリだな」
もし私がヒイロと結婚したら、どこでお披露目会をするだろう。
実家に戻って家族と一緒に祝ってもらうか、それともヒイロの故郷で宴席を設ける場合も考えねばならない。そういえばヒイロの故郷って何処だろう?
「ヒイロさん、聞いていいですか?」
「なんだい、コマイさん」
「ヒイロさんの故郷って何処ですか?どんな所ですか?」
「え、えっと、突然だね…う~ん、ここからはかなり遠いよ。それに至って普通の村かな?」
ヒイロは困ったような顔で視線を逸らし、ポリポリと頬を掻いた。
「俺は13歳で村を飛び出したから、なかなか帰りづらいんだ…もう2度と帰らないかもしれないな…」
「そ、それは困ります!」
私はヒイロに近付くとその腕を引っ張った。
「それじゃヒイロさんのご両親に挨拶できません!」
「お、俺はコマイさんの両親に挨拶できたら、それだけでいいと思うんだけど……」
「そうはいきません!ヒイロさんを婿に迎えるんだから、ちゃんとした挨拶をしたいんです!」
「コマイちゃん!落ち着いて!周りを見て深呼吸しようか!!」
赤い顔のヒイロの言葉に、私は我に返って周囲を見渡した。するとカリーナ達4人の他、通りすがりの参拝者も足を止めて私達を見ている。人々の顔は微笑みに溢れ、カリーナとキースは露骨にニヤニヤしていた。
「なんだヒイロ、お前ぇ婿養子になるのかぁ?」
「もうコマイの尻に敷かれてるわね」
「コマイちゃ、情熱的だなぁ…」
「何なら私達と一緒に神前報告を申し込みますか?その方が日にちを取りやすいですしね」
そうしている内に野次馬が増え、何故か生温かい拍手まで起こりはじめた。そして「おめでとう」やら「お幸せに!」なんて声まで上がる。
「あ、あわわわわ…」
「こ、コマイさん…どうしよう…」
「こ、こんな時は…」
「こんな時は?」
「逃げるんですよォ!」
「いや、無理だって!」
ヒイロの言う通り、どんどん増える野次馬で人垣が作られて逃げ道は無かった。仕方なく私達は手を繋ぎ、テレテレとした笑顔を浮かべながら「頑張ります」と宣言する。すると野次馬からは盛大な拍手が上がり、満足したのか人垣は解散してくれた。
これから行動する時は周囲を確認しようと、私は強く肝に銘じた。




