王国歴1669年10月23日④:13万ですってぇッ!!
教会を後にした私達は、その足で冒険者ギルドへと向かった。教会と冒険者ギルドは隣り合った区画にあり、少し歩けば着いてしまうのだ。
キースの話によると冒険者が怪我や病気になった時、教会で治療してもらうのが普通らしい。その為にどの街でも教会と冒険者ギルドは隣接しているそうだ。
教会では女神の奇跡と言われる神聖魔法で治療を行う。薬草などを使う治療院より早く確実に治るのだ。しかし無料ではなく1回の治療で私の月の給金ぐらいの寄付が必要で、これが切り落とされた腕を繋げるとか高度な治療となると家一軒分ぐらいの寄付が必要になるらしい。とても普通の市民では利用できず、荒稼ぎをする冒険者や貴族などが利用するのだ。もちろん私も使った事は無い。
冒険者ギルドの建物は大きく、そこを中心に宿屋や飲食店が集まっている。それらの店は高級店からそうではない店まで色々と存在していた。
シーナルの話では駆け出しから高ランク冒険者まで利用できるよう、様々な店が集まるらしい。これもどこの街でも同じなのだそうだ。
冒険者ギルドに入ると饐えた臭いが鼻を突いた。何ていうか男性の汗を凝縮したような、酷く酸っぱい臭いが漂っているのだ。それもそのはずで室内の隅にテーブル席があるのだが、そこにはお風呂に入っていないような男性が幾人もお酒を飲んでいた。
「………うぅぅ………」
「コマイさん、大丈夫?」
「うぅぅ…ちょっと臭いが……頭痛くなってきました…」
「どの街でもそうですが、冒険者ギルドではかなり手頃な値段で酒精を提供しています。それを求めて不安定な生活の方々が屯するんです。慣れれば気にもなりませんよ?」
「ぐ、グララブさんがここで飲みたくない理由が分かったような気がします……」
私はヒイロに支えられながら奥の受付へと向かった。受付は清潔に保たれており、窓が開けられて換気され、寒さに抗う為に小型の火鉢が幾つも置かれていた。見れば所々に香り袋も置かれている。私はその香りで少しだけ気分が良くなった。
私達が受付へ到着すると落ち着きのある受付嬢が笑顔で話しかけてきた。
「いらっしゃいませ、本日はどのような御用件でしょうか?」
「すみません、婚姻に関する書類が欲しくて来たのですが、3組分お願いします」
「わかりました、少々お待ちください」
シーナルの言葉に受付嬢が頷く。そして後ろの書類棚の引き出しを開けると、3種類の書類を取り出した。
「こちらになります。1枚目が婚姻関係証明の申請書、2枚目が本人情報記録書、3枚目が緊急時の暗号記載書となります。暗号記載書はこちらの封筒に入れてお持ちください。受付にて蜜蝋で封をしギルドにて保管いたします。緊急時まで開封されませんので暗号は忘れないようにお願いします」
「分かりました、ありがとうございます」
シーナルが書類を受け取ると、次はキースが受付嬢に話しかける。
「済まねぇが出金したい。200Gだ」
「分かりました、では通帳をお出し下さい。あと200Gですが小金貨と大金貨でご用意できます。どちらになさいますか?」
「そうだな…見せ金って言ってたから大金貨で頼む」
「承知いたしました」
キースは懐から厚めの手帳を取り出すと受付嬢に手渡す。同時に受付嬢が呼び鈴を鳴らすと、しばらくして奥の扉から気難しそうな男性が手金庫と計算盤、分厚い台帳を持って現れた。男性が手帳を受け取ると中を開き、拡大鏡で内容を確認する。
「……偽造の跡は無し……インクも正規品…ふむ、前の記録だが…リナート伯爵領の冒険者ギルドで8月12日に4500Gの入金…残高が13万と649Gだが間違いは無いか?」
「あぁ、入金は間違いねぇ…残高はそんなもんだろ」
「じゅ、13万ですってぇッ!!」
私はカウンターを乗り越える勢いで男性の手元を見た。そこにあった手帳には謎の文字が並んでおり、どこをどう見ても13万という数字を読み取る事が出来ない。
「…どこにも書いてないですね…」
「ふん、読める訳がないだろう」
男性は私の頭を押し戻すと、腕を組んで自慢げに話し出した。
「これは出納係だけで使われる特殊文字だ。一部のギルド職員しか読むことは出来んし、当然だが記入する事も出来ん。インクも特殊な鉱物が混ぜられていて、拡大すれば正規品かどうか判別できる。原材料は俺にも分からん。そして文字の記入だが」
男性は手金庫を引き寄せると、首から下げた鍵で解錠した。中にはインク壺とインク台、細くて四角い棒が何十本も綺麗に収納されている。男性はインク壺を開けると中を掻き混ぜ、インク台に染み込ませた。
そして計算盤で何度か計算すると、四角い棒をインク台に押し付け手帳に押し始める。四角い棒が持ち上がると、そこには謎の文字が印字されていた。男性は四角い棒を交換しながら次々と印字していく。それが終わると今度は台帳に印字し始めた。
「こうして印字棒で印字していく。これは出納係共通の道具だ。これも偽造できぬよう色々な工夫がされている。そのお陰で冒険者は安心してギルドに金を預けられるって寸法だ」
「へぇ…それじゃこの手帳が盗まれたり無くしたりしたら、全部パァになるんですか?」
「そこは安心しろ、この文字の中には持ち主の特徴も記されている。10を超える特徴を確認するから、他人が持ってきても出金は出来んよ。もし通帳を無くしてもギルドの控えを確認すれば再発行は可能だ。もっとも王国内の全てのギルドに調査が入るから、再発行には1年以上が掛かるぞ?」
「そ、それなら安心できますね…」
「ただし入金の際には1割を手数料としてギルドが受け取る仕組みだ。お嬢さんもお金が出来たらギルドに預金するといい。どこでも金を引き出せるぞ?」
そう言うと男性はキースに手帳を返す。すると受付嬢が奥の扉に消え、小さなトレイを手に戻ってきた。
「それではこちらが大金貨2枚、200Gになります。ご確認ください」
トレイには黄金色に輝く大きな金貨が載っていた。小金貨の3倍ぐらい大きく、綺麗な彫刻が施されている。
「ほへぇ~…私、大金貨を見たの初めてです…」
「そりゃ普通の生活じゃ使えねぇからな。店屋で使おうとすると怒られちまうよ」
キースは大金貨を手に取ると、無造作に巾着へ放り込んだ。
「よぉし、これで用事は済んだな!」
「あの…ちょっと聞いていいですか?」
「ん、なんだ?」
「あの受付から貰った書類って、何に使うんです?」
「うぅ~ん…結婚に必要な書類だろうな…”そういう物”としか説明できねぇ」
「宜しければ御説明致しましょうか?」
キースの言葉を引き継ぐように受付嬢が話しかけてくる。私がお願いすると受付嬢は3種の書類を取り出して笑顔で説明しだした。
「まず1枚目の婚姻関係証明の申請書ですが、冒険者とその伴侶が婚姻しているとギルドに申請する為の書類です。そして2枚目の本人情報記録書が冒険者とその伴侶の特徴などの記録となります。提出していただく際には名前と出身地、生年月日をご記入ください。特徴についてはギルド職員が3人で合議し、公平な特徴を記入いたします。3枚目の緊急時の暗号記載書は冒険者に緊急の事態が発生した際に、伴侶である事を確認する為の暗号を記載していただきます」
「緊急の事態ですか?」
「はい。例えば冒険者がお亡くなりになる場合などです。そういった本人の意思が確認できない場合、2人で取り決めた暗号を申していただく事で伴侶である確認を行います。特徴の記録と暗号の二重確認により、本人に代わり一切の手続きを行う事が可能になります」
「そりゃ有難いが、確認が2回とは厳重だな…」
「一切の手続きには冒険者ギルドの預金も含まれます。解約申請されれば調査の末、全額が引き出されます。これは預金の安全性を高める為ですし、ギルドの信頼を守る意味もあります」
「ふむ、安易に解約されるようではギルドが信用されない訳ですか…良く出来た仕組みですね」
シーナルは手に持った書類を眺めながら感心する。私もその書類を覗き込むと、婚姻関係証明の申請書に保証人の欄があった。恐らくここにコーモノが記入するようだ。
「さて、書類も受け取ったし意味も分かった!俺は宿に戻るが、みんなはどうする?」
「私はビビィと一緒に今晩の飲食店の選定と予約、そして市場で明日の食材を探します」
「私はコマイと一緒にゲッスーナ邸へ行ってみる。グララブが馬鹿しないか見張る事にするわ」
「…なんだよぉ…一緒に書類を書きたかったのによぉ…」
「もう…私は逃げないわよ、安心なさい」
そう言うとカリーナはキースの頬にキスをする。キースの顔がデレデレに緩くなった。
「それじゃ俺は…キースさんと一緒に宿に戻るよ」
「あれ、ヒイロさん…一緒に来てくれないんですか?」
私の問いに、ヒイロは困ったような顔をした。
「えっと……昨晩のメイド達が怖くて…ちょっと行きたくないんだ…」
「あ、うん、はい、分かります…」
私も昨晩のキスの圧力を思い出して少しだけ背筋が寒くなった。あのメイド達が徘徊するゲッスーナ邸なのでヒイロに無理強いできない。
「それじゃ夕方に宿屋に集まるって事で!」
キースの号令で、私達は冒険者ギルドを後にした。




