王国歴1669年10月22日⑰:一緒に就寝したいと……
「皆さん、こんな夜更けに何を騒いでいるのですッ!!」
「イヒャァッ!!!」
声の方を向くと、女性達の向こうにナーナが立っていた。腕を組み、冷たい表情をさらに冷たくしている。横には配膳車を押すグララブの姿も見えた。
ナーナの姿に女性達は一斉に走り出すが、フレッキだけは襟首を掴まれて逃げる事が出来なかった。
「フレッキ、これはどういう事ですか?」
「め、メイド長!申し訳ありません!」
「最近は仕事に出ない日もあるようですが?」
「えっと、あの、ちょっと体調が悪くて…」
「…まぁ、私が何かを言う権利はありません。コーモノ様に怒られても知りませんよ?」
「以後、気を付けます…」
「よろしい。それではこの配膳車を寝所まで運びなさい」
ナーナが振り返り、フレッキもその視線の先を追う。そこには配膳車と、その横で手を振る可愛いグララブがいた。配膳車の上には折詰の料理と綺麗な皿、そして残ったワインが3本載っている。
「…メイド長、あれは?」
「グララブ様がコーモノ様との宴席の為に用意されたガストロミの料理です。新しい取り皿も用意してあります。残り物になりますが、皆でお食べなさい」
「ガストロミって…………よ…宜しいのですか!?」
「グララブ様の御好意です。ほとんど手付かずで勿体ないと、気を回してくださいました。ワインもすでに開封されていますので所蔵に戻せません。皆でお飲みなさい」
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり配膳車などの片付けはお願いしますね。厨房に使用済みの皿がありますので、そちらも洗うのですよ?」
「分かりました!!有難く頂きます!!」
フレッキはグララブに近付くと一礼し、配膳車を引き継いで寝所へと向かった。残された私とヒイロは暗い廊下で呆然とする。ナーナはそんなヒイロに頭を下げた。
「ヒイロ様、当家のメイドが無礼を働きました。どうかお許しいただけませんでしょうか?」
「…え、あ、いや…ちょっとビックリしただけで、怒ってはいませんよ!」
「そうですか、皆を代表して感謝いたします。あと…本日は遅くなりましたので、客間にてお休みいただいてはどうでしょうか?こんな夜更けでは馬車を呼ぶ事も叶いませんので…」
「あ…ありがとうございます…」
ナーナの申し出をヒイロは了承するが、困ったような顔で私を見てきた。どうやら一緒の部屋で寝られるか不安なようだ。ナーナはその様子に笑顔を浮かべて私に視線を向ける。
「コマイ、今宵はヒイロ様に付き従い、身の回りの御世話をするのですよ?」
「え?え?」
「コーモノ様の命もあるので同室の方が良いでしょう?グララブ様からもそのように聞いてますよ?」
ヒイロはその言葉を聞いて一気に表情を明るくした。私もつられて笑顔になる。私は客間の位置を思い出しながら、ふと小さな疑問が浮かび上がった。
「わ、分かりました…あの、失礼ですけど……グララブさんはどちらに?確か客間って1部屋しかありませんでしたよね?グララブさんも私達と同じ客間ですか?」
私の問い掛けにナーナが一瞬驚き、少しだけ顔を背けると戸惑いながら答えた。
「ぐ、グララブ様ですか?……その…達ての希望で……私の部屋で一緒に就寝したいと……」
「えぇぇぇ~~~ッ!!」
私は思わず叫び、グララブに視線を飛ばした。グララブはナーナの背後で指をワキワキしながら、物凄く邪悪な顔で微笑んでいる。
「えと、あの、その、私が言うのは何ですが…男女が同じ部屋で寝るというのは大変な事なのでは!?」
「何を言うのですコマイ、グララブ様はまだ少年なのですよ?ただ”手を繋いで一緒に寝たい”と希望されただけです。不適切な事が起こるなんて在り得ません」
「だってその表情!絶対に危ないですって!!」
私の指摘にナーナが振り向くと、グララブは一瞬で無垢な美少年の表情へと切り替える。そして小首を傾げ「コマイ姉ちゃんの言っている事が分からないよ?」と全身で表現した。
「…コマイ、お客様に向かって無礼ではありませんか?それに人々の為に働く『天井知らず』の一員を信じられないとは、コマイの人としての資質を疑います。少しは自分の行いを振り返りなさい!」
「な、ナーナさん……僕、怖いよ…」
庇う様に立ったナーナに、グララブが泣きそうな顔をしながら腰に抱き着く。傍から見れば少年が泣きついただけだが、素を知っている私としては背中に悪寒が走った。
ナーナはグララブの頭を撫でると優しい声で語り掛けた。
「大丈夫ですよ、コマイは少し心配性なだけです。根は優しい娘なんですよ」
「うん、コマイ姉ちゃんは優しいよ…けど、ナーナさんの方がずっと優しいよね!」
「あら、嬉しい事を言ってくれるのね?」
「うん、僕、ナーナさんの事が大好きだもん!ギュっとしたいぐらい好き!」
「あらあら、まるで赤ちゃんみたいね?」
「違うもん!僕、大人だもん!」
「ふふ、それじゃ別のお部屋で寝ましょうか?」
「……そ、それは……嫌だよ……」
「ふふふ、意地悪言ってゴメンね?それじゃお部屋に行きましょうか」
「うん!」
ナーナはグララブと手を繋ぐと部屋へ戻ろうとした。しかしこちらを小さく振り向くと私に声を掛けてきた。
「コマイ、ヒイロ様を客間まで案内なさい。メイドの仕事は免除されていますので、翌朝は自由な時間に起きてよいですよ?」
「わ、分かりました……」
私は遠ざかる2人を見送りながら、ナーナが無事に朝を迎えられる事を願った。ヒイロはそんな心配に気付いたのか私に優しく声を掛けてくれる。
「大丈夫だよ、コマイさん」
「ヒイロさん…」
「グララブさんは慎重に女性を口説くから、あと3日は時間を掛けると思うよ?」
「それは気休めになってません!!」
そんな事を話しながらコーモノを部屋へ放り込み、客間に移動すると用意された寝間着に着替えてベッドに入る。手を繋いだヒイロはすぐに寝息を立てたが、私は中々寝付く事ができなかった。何故なら扉の向こうに気配を感じたがらだ。恐らくメイドの先輩方だと思う。
私はその気配が消えた夜半過ぎに、やっと安心して眠る事ができた。




