王国歴1669年10月22日⑮:寂しいですね…
私は後悔から復活すると応接室を出てナーナの部屋を目指した。酔い潰れたコーモノをこのままに出来ないし、応接室の後片付けもしなければならないからだ。
ナーナの部屋はメイドの寝所とは大きく離れており、コーモノの執務室と正面玄関の中間ぐらいの位置にあった。ここならコーモノの指示も受けやすく、宿直として訪問者に対応できるのだ。メイド長は寝る間も業務に従事しているらしい。
私は部屋の前に到着すると簡素な扉をノックした。
「メイド長、失礼します。コーモノ様が酔われましたので宴席はお開きとなりました」
「…そうですか、それでは応接室へ向かいます」
扉はすぐに開かれ、メイド服のままのナーナが顔を出す。そして何の迷いもなく応接室へと向かった。
私も日頃の習慣でナーナに付き従う。普段ならこのまま無言で歩くのだが、少し酔ってしまったのか思わず口が開いてしまった。
「夜分遅くまでお疲れ様です」
「そういうコマイこそ、コーモノ様の命令に従っている身でしょう。その苦労、察します」
「いえ、そんな…こんな風に自然にしているだけです。苦労ではありません」
「そうですか…それは何よりです」
ナーナが事務的に会話を切り上げたので、私の酔いが少しだけ醒める。しかし今度はナーナが口を開いた。
「不躾ですが…あの少年はどなたですか?」
「少年?……………あぁ、グララブさんの事ですか?」
「グララブ…さん?」
ナーナが半身を向け、少し怪訝な声を上げる。
確かに私が少年に”さん”を付けるのは変だろう。しかし私より年上だし、年配者には”さん”を付けるのは当然なのだ。私はその事をナーナに伝えようかと思ったが、後でグララブに怒られそうなので嘘を吐いた。
「えっと…あぁ見えても、ちゃんとした冒険者ですので…グララブさんとお呼びしてしています」
「…そうですね、相手を敬う気持ちは大切です。良い心掛けだと思います。……しかしあのような少年でも冒険者なのですか…驚かされますね」
そう言うとナーナはグララブに握られた右手を見つめる。微かに見える横顔は、子供を案ずる女性の表情に見えた。
「……どうされたんですか?指でも痛むんですか?」
「い、いえ……何でもありません……ただ、チルディ様の事を思い出してしまって…」
「チルディ?……あぁ、コーモノ様のご子息でしたっけ?」
「コマイ、ここは”でしたでしょうか?”が適切です。あとチルディ様への敬称も忘れています。お気を付けなさい」
「し、失礼しました!」
ナーナの注意に私は姿勢を正す。それを確認したナーナは再び右手を見る。
「…5年前に12歳で出られたチルディ様と…髪の色…そして背格好が似ている気がします…顔付や仕草は全然違うのに……不思議なものです…」
「そ、そうだったんですか…」
私はコーモノを思い浮かべ、その子供がグララブみたいな美少年になる想像ができなかった。どうしても小太りで生意気な人物像しか浮かんでこない。
「最後に見たチルディ様は反抗期なのか、私と目を合わせてくれませんでした。グララブ様のように素直な言動は…もう10年も見ていない気がします…寂しいですね…」
どうやらナーナはグララブにチルディの影を重ねているようだった。無言のナーナは右手を胸元に近付け、しかしその直前で手を下ろす。
「……いけません、仕事中なのに注意散漫になっていました。今は仕事に集中しましょう」
「は、はい!」
早足になったナーナに遅れないよう私も小走りになる。ふと見えたナーナの顔は、いつものような無表情に戻っていた。
応接室へ着いた私達はソファで酔い潰れたコーモノと、片付けをするヒイロとグララブを見た。2人は配膳車に料理や皿などを乗せ、テーブルの上を綺麗に拭いている。料理はまだ4人分ほど残っているように思えた。それを見たナーナが2人に駆け寄り頭を下げる。
「申し訳ございません!そのような事は使用人が行いますので、皆様はお寛ぎいただいて結構でございます!」
「いえいえ、急な宴席を願い出たのは私達です。これぐらいの事はさせてください」
ヒイロはまるで用意された台詞を読み上げるようにナーナに答えた。グララブは演技掛かった仕草で振り返ると、ナーナを熱く見つめる。
「それじゃヒイロはコーモノ様を背負って、コマイちゃんが部屋まで案内したらどうかな?僕とメイド長さんで料理を片付けるからさ!」
そう言ったグララブはナーナの横に並ぶと、自然な流れで左手を握った。ナーナは一瞬だけ驚くが、すぐに微笑む。そして膝をつくと視線を合わせ、右手でグララブの頭を撫でた。
「いいんですよ、子供は気を遣わなくて大丈夫。お片付けは大人がするから、グララブ様はゆっくり待っていてください」
「ううん!僕も手伝うよ!メイド長さんの役に立ちたいんだ!」
グララブはテーブルに駆け戻ると、まるで子供がするように全身を揺らしながらテーブルを拭いた。ナーナはその様子に微笑み、テーブルに近付くと一緒に拭き始める。
「わかりました、それじゃ一緒にお片付けしましょうね。その後は配膳車を厨房まで運ぶのを手伝ってくれる?廊下は暗いけど大丈夫かな?」
「うん!メイド長さんと一緒だったら、暗くても怖くないよ!」
「ふふ、ありがとう」
私はその様子に悪寒を感じながら、コーモノを背負ったヒイロと一緒に部屋を出た。
「な、何なんですかアレ!グララブさん、壊れちゃったんですか!?」
私は暗い廊下を先導しながら、後ろを歩くヒイロに話しかけた。
「い、いや…至って普通だよ?コマイさんの前では地を出してるけど、他人の前ではいつもあんな感じで喋ってるよ」
「いや、だって…何か凄く怖いんですけど!?」
「えっと…子供のように振舞うと情報を集めやすいとか何とか…逆に素の喋り方だと気味悪がって誰も話してくれないみたいだね」
「ま、まぁ確かに…そう考えると普通……いや…う~~~~ん……」
確かにグララブさんの外見は12歳ぐらいに見えるし…
それを考えるとあの喋り方や仕草は普通なんだけどなぁ…
素のグララブさんを知ってると…何かこう…人を騙してるというか…
けど、メイド長も何だか嬉しそうだったしなぁ…
あれでいいのかなぁ…
「ヒイロさん…グララブさんってメイド長を騙してる事になるんですかね?」
「え?どうして?」
「だって本当の自分を隠して…メイド長に近付く為に偽物になってるっていうか…」
「う~ん、どうだろうね…常に本当の自分を出してる人の方が少ないと思うけど…」
「…そうですか?」
「女性だって、化粧するのは素の自分を見せたくないからでしょ?」
「そ、それはそうでしょうけど…」
私はカリーナを思い浮かべる。確かに化粧をしたカリーナは綺麗だ。しかしそれがキースを騙しているかというと、それは何だか違うような気がする。
「…自分を良く見せたい…それは…騙す事になるのかな…」
「…最後まで本当の自分を相手が知られなければ……それは騙した事にならないのかもね」
「…相手が、本当の私を知らないまま…私が、本当の相手を知らないまま…それって何だか、凄く寂しい気がします……」
「……嘘がバレて傷付くのと、バレなくて傷付かないのと…どっちが幸せなんだろう…」
「……私、良く分かりません……けど」
私は足を止め、振り向いてヒイロを見た。ヒイロも足を止めて私を見つめる。
「私、ヒイロさんの前では嘘を吐いてません!化粧もしてない、そのままの自分です!」
「うん、分かってる…凄く嬉しいよ…」
ヒイロは優しく微笑むと、歩を進めて私を追い抜いた。自然と私と視線が外れる。私が後を追うと、ヒイロがそっと呟いた。
「俺は……コマイさんの事が好きだよ」




