王国歴1669年10月22日⑬:暗くて怖いので…
馬車がゲッスーナ邸に着くと御者が声を掛けてくれた。グララブとヒイロが先に降り、ヒイロが私に手を差し出す。グララブは御者に小金貨を握らすと少しだけ待ってほしいとお願いしていた。コーモノが断ったら宿屋に帰る為だ。
まだ夜も早い時間なのでゲッスーナ邸の灯は消えていなかった。私は先程までの絶叫を水に流してグララブに声を掛ける。
「どうします?従者用の裏口へ行きますか?あそこの鍵は壊れてるから、コツさえ知ってれば簡単に出入りできますよ?」
実はゲッスーナ邸の裏口は壊れており、知っている者ならば外からでも簡単に開けられる。メイドの中には夜遊びに出る者も居るので修理されないままになっているのだ。
「いや、客人として正面から行くのが礼儀じゃろう」
グララブは両開きの扉に近付くと、取り付けられたドアノッカーを指差す。するとヒイロが慣れた様子でドアノッカーを鳴らした。身長が足りない時はいつもこうしているようだ。
コンコンとした音が消えてから暫くすると、扉の向こうに人の気配が感じられた。そして落ち着いた女性の声が聞こえてくる。
「このような時間に、どちら様でしょうか?」
「メイド長、コマイです。『天井知らず』の方々がコーモノ様と宴席を設けたいと希望されましたので、お連れ致しました」
「分かりました、少々お待ちください」
扉の気配が遠ざかる。グララブは顎に手を当てるとニヤリと笑った。
「今のがナーナ嬢か?元気の無い、良い声をしておるのぉ…」
「ナーナ嬢って…メイド長は38歳ですよ?グララブさんって本当に何歳なんですか?」
「ふん…儂は永遠の12歳じゃと言うとろうが…これから証拠を見せてやるわい」
そう言うとグララブは扉に視線を戻した。その横顔は本当に12歳のように見える。その時、扉の向こうに気配が戻ってきた。どうやらグララブは事前に気付いていたようだ。その気配が鍵をカチャリと開けると、ゆっくりと扉が開いていった。
「お待たせいたしました。どうぞお入りください」
扉の奥から灯りが漏れる。見るとナーナの手には手持ち燭台が掲げられていた。蝋燭に照らされたナーナの顔は血色が悪く、表情も無い為に仮面のように見える。私はナーナに頭を下げながら謝罪を口にした。
「メイド長、申し訳ございません。『天井知らず』の方々が、どうしてもコーモノ様と交流を深めたいと申しまして…」
「それはコーモノ様もお喜びになると思います。コマイ、よく皆様をお連れしました。『天井知らず』の皆様、ゲッスーナ伯爵邸へようこそいらっしゃいました」
ナーナは完璧な礼法で私達を邸内へと誘う。その時、背後で馬車が去る音がした。邸内に入ると、言い方が気に入らなかったのかグララブが私を睨んだ。しかしすぐに前を向くと、これ以上無いほどの可愛い声でナーナに語り掛ける。
「ご、ごめんなさい、メイド長さん……お願いがあるんですが……」
前を歩くナーナが歩を緩め、半身でグララブに振り返る。
「どうなさいましたか?」
「そ、その……暗くて怖いので…手を握ってもいいですか?」
グララブが純粋そうな瞳でナーナを見上げた。その仕草は本当に子供そのものだ。ナーナは少しだけ息を呑んだが、目元を緩めて手を差し伸べる。
「わかりました、足元に気を付けてくださいね?」
「はい!」
グララブが飛び付くように、しかし優しくナーナの手を掴む。その様子にナーナが薄く微笑んだ。私はこんなに表情豊かなナーナを見た事が無い。
私は3歩下がり、隣のヒイロに呟いた。
(な、なんですかアレ!グララブさん、凄い演技して…私より年下に見えますよ!)
(う~ん…あれは本気で口説くつもりみたいだね…)
(あ、あんな子供が大人の女性を口説けるんですか!?)
(全部を見た訳じゃないけど、俺が知ってるだけで10人は下らないよ?)
(マジですか!?…けど、メイド長の顔を見てると…あり得るのかなぁ……)
(あと…あの状態のグララブさんを邪魔すると本気で怒るから、話しかけない方がいいよ)
(わ、分かりました…)
私が遠巻きに2人を見ていると、程無くして応接室の前に到着した。
「コーモノ様、『天井知らず』の方々をお連れしました」
「うむ、御通ししてくれ」
コーモノの言葉にナーナが少しだけ躊躇い、そしてグララブの手を放して扉を開けた。
「ようこそいらっしゃいました!グララブ様、ヒイロ様!」
ソファに座っていたコーモノが立ち上がって出迎える。どうやら機嫌は良さそうだ。グララブは一歩前へ出ると頭を素直に下げた。
「夜分遅くにごめんなさい!実はゲッスーナ伯爵様と仲良くなりたくて、ガストロミの料理を持ってきました!良ければ一緒に食べてくれませんか?」
「い、いや、そんな!頭を上げてください!私としても皆様と宴席を設けられるのは嬉しい事です!すぐにワインを御用意致します!ささ、中へお入りください!ナーナ、所蔵のワインで5本程見繕ってくれ!」
コーモノは慌てて頭を低く下げた。頭に乗せた金髪カツラが落ちそうになる。その対応は本気のようで、昼に見た時より丁寧に感じた。
私とヒイロがテーブルの上に折詰を広げるていると、退室していたナーナが戻ってきた。配膳車にはワインラックに収まったボトル5本と人数分のグラス、食器セットが載っている。ナーナはテーブルセットを終えると静かに退室した。
「いや~、皆様とこうして宴席を設けられるとは思いませんでした!ささ、どうぞ遠慮なく!…あの、グララブ様もワインで宜しかったですよね?」
「あぁ、勿論ワインを頂こう!」
コーモノが自らボトルを開け、グララブにワインを注ぐ。どうやらコーモノはグララブの種族とパーティの力関係を事前に知っていたようだ。私は別のボトルを開けてヒイロと自分のグラスにワインを満たす。
グララブはコーモノからボトルを受け取ると、コーモノのグラスに注ぎ返した。
「まずは乾杯といこうかの…儂等『天井知らず』とゲッスーナ伯爵様との縁を祝して、乾ぱ~い!」
「「「乾杯!!」」」
みんなが高く杯を合わせる。私はメイドとして目立たぬように軽く杯を掲げた。コーモノは急いでグラスに口を付け、一気にワインを飲み干す。
「プハァ~~~!!美味い!こんなに美味しく感じたのは久しぶりです!」
「そうか、それは良かった!儂等も顔を出した甲斐があるというもんじゃ!」
「………え?儂等?もんじゃ?」
コーモノはグララブの急変に目を白黒させたが、間髪入れずにグララブがコーモノの横に滑り込む。そして驚くコーモノの肩を抱き寄せた。
「なに、ゲッスーナ伯爵様と交友を深めようと思い”地を出した”までよ。子供の姿は諜報に便利なのでな。普段は口調を偽っておるのだ」
「そ、そうだったんですか!いやはや、少しばかり驚きました!」
「冒険者が手の内を明かす…それは今後の冒険にも影響を与えかねん。しかしその危険を鑑みてもゲッスーナ伯爵様とは親しくなりたいと思っておるのだ」
「そ…それは…身に余る光栄でございます」
グララブの演技掛かった視線にコーモノが姿勢を正す。グララブは満足したのかワインを口に含んだ。
「夜分遅くの急な訪問、悪いと思ったが是非ともゲッスーナ伯爵様と縁を深めたくてな。迷惑ではなかったか?」
「いやいやいや、長らく来客も無かったので嬉しい限りです!一人では勿体なくて飲まなかったワインも出番を迎えられたのですから、本当に嬉しいですよ!それとグララブ様、私の事はゲッスーナではなく気軽にコーモノとお呼びください!」
コーモノは自分でワインを注ぐと、料理に手を伸ばした。その様子は本当に嬉しそうだ。思い返せばこの2年の間に来客はなく、コーモノ様は常に一人で食事していた。もしかしてコーモノは寂しかったのかもしれない。
グララブもそれに気付いたのか、ボトルを持つとコーモノの横に座り直した。
「ほほほ、コマイから聞いておるぞ。コーモノ様はいつも街の事を考え、身を削り、人々の幸せを願っておる…心から尊敬できる人物だとな!」
そう言うとグララブが私に笑いかける。コーモノから見えない方の顔は悪魔の様に歪んでいた。どうやら訪問理由を『天井知らず』に押し付けた事の反撃をされたようだ。
その言葉を聞いたコーモノはすぐに顔を歪め、私の方を見つめてきた。
「こ、コマイ君…私の事をそんな風に思ってくれていたとは…てっきり嫌われているかと思っていたよ…」
「そ、そ、そんな、私がコーモノ様を嫌う訳がないじゃないですか!わ~い、コーモノ様は太っ腹!男前!王国一の人格者!女神様も惚れちゃいそうです!」
気を良くしたのかコーモノが2杯目も飲み干した。そして目頭を押さえながら肩を震わせる。
「うんうん、コマイ君は良く見ておる…こんなに出来たメイドだとは思わなかったよ…もう少し身体の方も出来ていたら、息子の嫁にと考えたところだ…」
「うぅぬむぐぅぬ~!」
コーモノからの思わぬ痛手に変な声が出た。自制していなかったらボトルで殴っているところだ。しかしグララブがコーモノのグラスにワインと酒精を入れているのを見て私の溜飲がストンと下がる。
グララブは味の濃い料理をコーモノの皿に載せながら楽しそうに微笑んだ。
「嬢ちゃんはヒイロのお気に入りじゃ。そうそう、カリーナもキースと上手くいっておる。このままいけば『天井知らず』がこの街に留まる事もあり得るのぅ」
「そ、それは本当ですか!?」
「あぁ、確約は出来んが今の任務が終わったら冒険も一段落つく。そうなれば里へ帰るか、でなければ女と所帯を持つ事になろう…女がこの街の者なら、留まっても不思議ではあるまい?」
「そ、それは確かに…」
「そこで一つ問題があっての…」
「な、何ですかな?」
身構えるコーモノに、グララブが小さく耳打ちした。
「問題とは、カリーナの身請けの事じゃ」




