王国歴1669年10月22日⑦:まるで子供みたい
カリーナはグララブから小金貨10枚を受け取ると、馬車を呼び止めて乗り込んだ。一段高い馬車の車窓からは活気に溢れる街並みが見える。収穫祭を間近に控えている為か、いつもより人が多いような気がした。
馬車は宿近くの一角で止まり、カリーナは馬車を降りると花などで可憐に飾られた店へと入っていく。その店に看板などはなく、一見したら何の店か分からない外観だ。恐らく知る人ぞ知る名店というやつだろう。
店の入り口では清潔そうな白い服を着た女性達が出迎え、笑顔でカリーナに御辞儀した。
「いらっしゃいませ、カリーナ様。本日はどういたしましょう?」
「1室2名で利用したいの。2人とも最上級でお願い」
そう言うとカリーナは巾着から小金貨10枚を取り出して女性に渡す。
「かしこまりました。用意が出来次第、御案内いたします」
女性の一人が店の奥に移動し、指示を飛ばす声が聞こえる。すると少なくない人数が動く気配がし、バタバタと騒がしそうな音がしだした。
「な、なんか凄い人数が動いてますけど…」
「そうね、部屋の準備や石焼きなんかで結構な人手が要ると思うわ」
「い、石焼き!?…鳥肉でもじっくり焼くんですか?」
「焼くというか…蒸されるんだけどね、私達が」
「わ、私達が料理されるんですか!?」
「どっちかっていうと、私達が今晩食べられる為の下準備ってところかしら?」
「え?え?…………えぇぇぇぇ~~~~~ッ!!」
私はカリーナの言わんとしている事を理解し、急に鼓動が早くなる。
「いい?素材で勝負できるのは15歳までよ?……まぁ、コマイはそのままでも大丈夫だろうけど……女には色々と準備が必要なの。自分じゃ難しい所もあるから、こうして専門家に手入れをしてもらうのよ!これも勉強だと思って体験しておきなさいな♪」
「あの、その、えっと……は、はい………」
私の消え入りそうな返答が終わると同時に、女性の一人が私達を奥へと案内した。そこには扉が幾つもあり、その一つに通される。そこは脱衣所のようになっており、その奥にはさらに厚い扉が控えていた。
カリーナが服を脱ぎ出したので、私もそれに従う。髪と身体に布を巻いて、カリーナに続いて奥の部屋へと入った。角灯が灯された奥の部屋は本当に狭く、椅子2脚と壷2つ、そして大きめの水桶が置かれているだけだった。床には滑り止めだろうか、麻で編まれた布が全面に敷かれている。
「失礼します」
私達が椅子に座ると女性が2人入ってきた。女性達は蓋付きの編み籠を担ぎ棒で運んでいる。見れば編み籠から湯気が上がり、並々ならぬ熱量を放っているようだ。
「それでは蒸し風呂を開始します」
編み籠が水桶に沈められるとジュワッと音がして、途端に水がボコボコと沸騰しだす。どうやら編み籠の中に焼かれた石が入っていたみたいだ。
同時に狭い室内に蒸気が蔓延して視界が遮られ、呼吸をするのも苦しくなってくる。蒸気もただの蒸気ではなく、なんだか香草の匂いがした。
女性達は蒸気を確認すると、すぐに退室する。
「ほら、布を外して。そして壷の油と塩を全身に塗るのよ」
私はカリーナに指示に従い、油の入った壺に手を突っ込んだ。その手で肌を撫でて油を馴染ませる。そしてカリーナを参考にしながら壺の塩を手に取ると油と混ぜるように撫み込んでいく。それを腕やら首やらに繰り返すと爽やかな香りが立ち上ってきた。
「何か、凄い良い香りがしますね」
「珍しい木の種の油と、数種の薬草、そしてレモンが入ってるみたいよ。そして塩で身体から余分な水分を吸い取ってくれるらしいわ。ほら、こっちに背中を向けて…」
私が背中を向けると、カリーナが油と塩を塗り込んでくれた。
「…なんか、悔しいぐらいにスベスベしてるわね…爪でも立ててやろうかしら…」
「か、カリーナさん!?」
「冗談よ♪けど、本当に洒落にならないわね。私ももっとお手入れしないと…コマイ、私の背中にも塗ってくれない?」
「分かりました!」
私もカリーナを真似て背中に油と塩を塗り込んでいく。その肌は少しだけ荒く感じ、私は大目に油を足して塗り広げた。そうしていると動いたせいか私の全身から汗が噴き出してくる。
「あ~ポカポカしてきた…こうして油を塗りながらマッサージをすると、毛穴の老廃物も取れるらしいわ…指先から肩へ、末端から中心にすると効果が高いそうよ」
「こ、こうですかね?」
私も手首から肩へマッサージしてみる。ザラザラとした塩の粒が気持ちよく、何だか血の流れが良くなっていくような気がした。同様に両手と両足をマッサージしていると塩の粒が溶け、身体の芯から温まってくる。
「あ~………これ、気持ちいですね……」
「でしょ?大衆浴場と違って個室ってのもいいのよね…けど、まだ終わりじゃないから!
伊達に1人6Gも取られるんだから、期待していいわよ!」
「ひ、1人6G!!8日分の日当じゃないですか!?」
「そうよ、2人で10G、3人で12G。部屋代込みだから、多人数の方がお得なの」
「も、勿体なくて来れないですよ!」
「その内に癖になるって!それに特別な夜になるかもしれないのよ?出し惜しみは無しでいきましょう!」
「……………わ、分かりました………」
その後、部屋を出て身体を石鹸で洗った。油を落としたら肌がツルンとした気がする。そしてまた別の部屋に移動すると、今度は女性が乳液で全身マッサージをしてくれた。それと同時に髪も洗ってくれ、頭皮のオイルマッサージまでしてくれる。それが終わると顔のマッサージに爪の手入れまで、丹念に全身を整えてくれた。
「…ほぇ~~~~…すんごい気持ちいい…こんなに気持ちいいの、生まれて初めてかも…」
私は巻き布のままでソファに沈み込み、未知の気持ちよさに溶けそうになっていた。サイドテーブルには冷たい果実水まで用意され、まさに天にも昇るような気分だ。
「ふふふ、この満足感を知ったら最後よ……見てよ、この肌!若返った気分だわ!!」
カリーナも同様にソファに沈み込み、手入れされた肌を満足げに撫でていた。確かに日頃の血色に比べて赤味が増し、張りツヤも良くなっているように見える。
「あ、本当です!何だか10歳ぐらい若返ったように見えます!!」
「でしょ?でしょ!?」
「それだったら十分に20歳ぐらいに見えますよ!」
「……私、まだ28歳だからね?そこは18歳って言って欲しいわ…」
「いやぁ~それは言い過ぎかな?って思って…」
「………正直なのはいいけど……コマイの事、嫌いになりそうだわ…」
カリーナのジト目に私が謝罪していると、女性がトレイを持って近付いてきた。
「それではムダ毛の手入れをさせていただきます」
サイドテーブルに置かれたトレイには椀に盛られた泡、ハサミ、カミソリ、毛抜きなどが乗っていた。カリーナは右手を上げて脇を見せると、女性がそこに泡を塗っていく。
女性がカリーナの両脇をカミソリで処理すると、今度は跪いて巻き布を捲った。
「下の毛はどうしましょうか?」
「そうね……摘まめるぐらいの長さで…三角形で整えてちょうだい」
「かしこまりました」
私がその様子を観察していると、別の女性が私に近付いてきた。
「お連れの方もムダ毛の処理を致しますか?」
「ヒャッ!あ、あの…宜しくお願いします……」
私が恐る恐る脇を開くと、女性はもう片方の脇も確認してきた。さらに巻き布も捲ってくる。
「…お客様には必要がないようでございます。あとで窓口にて返金いたしますので、忘れずにお受け取りください」
「あら、綺麗なものね…まるで子供みたい」
「うわぁぁぁぁぁァァァァァッ!!」
私はカリーナの反撃に号泣した。




