王国歴1669年10月22日④:…なんだ、そんな事ですか
「カリーナ、儂は”別れろ”とは一言も言っとらんぞ!」
グララブの怒声に、カリーナは目をパチクリさせた。その表情は作られた笑顔から困惑の表情へと変化してゆく。
「…はぁ?グララブ…あなた、キースが心残りで任務に集中できないって」
「そうじゃ、キースには心残りがある。それはお前との別れ話ではないと確信した!」
「じゃ、じゃぁ…何なのよ……」
「さっきも言ったじゃろう…”鏡に映したよう”だとな?」
カリーナはその言葉に、急速に顔が赤くなる。
「ば、そ……そんな訳、ないでしょう……そんな事って……」
「キースはお前に惚れとる!お前がキースを愛しとるようにな!…これを言うとキースは怒るじゃろうが、仕方ないのぉ…」
「な、何よ?」
言葉を濁したグララブに、瞳に弱い希望を宿したカリーナが催促する。
「実はのぅ…儂等はいろんな街でハニトラに会っとるが、手を出した事は一度も無い」
「え?」
「儂やシーナルに合うような女は来んし、ヒイロはあの調子じゃ…言っておくがヒイロは純粋に見えるが、裏切られるのが怖いから決してハニトラには引っ掛からん。逆に儂等の中で一番早く勘付くぐらいじゃ。キースも面倒が嫌いだから、問題になりそうなハニトラなんて相手にせん。最初から娼館へ直行じゃ」
「はぁ?それじゃ何で私を抱いたのよ!まさかタダだから!?」
カリーナの激昂にグララブが鼻で笑う。
「阿呆ぅ、タダほど高いもんはないわい。憶えとらんのか?最初の夜、へべれけに飲んで昔の男の愚痴を溢した事を」
「あ……言った…かしら……」
「おうよ、テーブルに突っ伏して男運の悪さを嘆いとったぞ……いや、嬢ちゃんの前で詳しい事は言わんが…まぁ、それを聞いたキースの心に情が湧いたんじゃろう。最初の晩は酔い潰れたが、キースに何もされなかったよな?」
「…何も、されてないけど……」
「潰れたお前を自分の部屋に運んだあと、儂の部屋に来て『あいつは良い女だ』と言いながら床で寝たんじゃ。まったく、いびきが煩いったらなかったわ!」
グララブが両手に力を入れながら怒ったが、すぐに力を抜いて優しい顔をする。
「ここでは詳しく言わんが、キースも女で酷い目に合っとる。だから女と深い関係になろうとはせんし、寂しけりゃ金で女を買っておる。しかしお前の姿が自分に重なったのか、お前の幸せは願っとる。これは間違いなかろうよ…」
「……それじゃ、何で私の中で果てないのよ……」
「幸せを願っとるからじゃろ?」
カリーナの問いにグララブは表情も変えずに即答する。
「キースが願うのは、カリーナが幸せな人生を歩むことじゃ。それは明日死ぬかもしれない自分の子を孕ませ、一人で育てさせる事ではない。いずれ良い男と出会い、温かい家庭を持ってもらう事なんじゃ。本心では一緒に家庭を持ちたいと思っても、冒険を続ける限りは叶う事も無い」
「…そんなの身勝手だわ!冒険なんて止めちゃえばいいじゃない!!」
カリーナが感情的に叫ぶ。しかしグララブは首を横に振った。
「それが出来れば苦労はせん…残念ながら儂等は知ってしまった。この世界が滅びうる予兆を、それを引き起こす集団を、その足取りを知ってしまった。儂等は全力でそれを阻止せねばならん。この依頼はギルドだけでなく王国も秘密裡に動いておる。総出で捜索しておるし、儂等以外の名うての冒険者も十数組動いとる。…まぁ、この街では地理に疎い故、ギルドの情報を待っとるだけじゃがのぅ……」
「だったら、他の人に全部丸投げしちゃえばいいじゃない!」
「それで世界が滅んだら、儂等は愛する者に顔向けが出来ん。何より自分を許せん」
途端に部屋の空気が重くなる。グララブの圧にカリーナの言葉も止まる。
「…まぁ、最悪は世界が滅ぶが…恐らくはそうはならん。捜索は続いておるし、魔石を奪還してしまえば巨大な異界の門も開かれん。そうなれば将来の約束もできる」
「…俺も、コマイさんとまた会うって…約束したんだ」
振り向くとヒイロは壁を向いたままだったが、その拳は震えるほどに強く握られていた。グララブもそれを見たのか、表情を和らげて圧を解く。
「儂も嬢ちゃんと酒を飲むと約束した。ちなみにシーナルも女に『戻ってくる』と約束した。あとはキースだけじゃな?」
グララブの視線を受けたカリーナは、弱々しく視線を泳がせる。そして震える手で自分の肩を抱きしめた。
「……けど…そんな……そんな事を言い出したら……余計に会いに行けないじゃない……あんた達の話なんか………聞かなきゃ良かった……」
「そ、そんな……カリーナさん、どうして!?」
「私もキースには、幸せになって欲しいからよ!……私じゃ……駄目だわ……」
「だからどうして!?」
「子供が出来ないかもしれないからよッ!!」
カリーナの叫びに、今度はグララブが視線を逸らす。
「さっきまで、キースと家庭を持てたらなんて考えてた…けど、子供は……私じゃ自信が無いの…それに料理も、裁縫も、洗濯もできない…こんなんじゃキースを幸せにできないのよ…」
「…なんだ、そんな事ですか」
今度は全員の視線が私に集中する。ヒイロですら振り向いて私の方を見ていた。みんなの驚きの反応に、逆に私の方が驚いてしまう。
「え、え、なにか?」
「じょ、嬢ちゃん…その言葉は、どうかと思うぞ?」
「コマイさん、ここは静かにしていた方が…」
「そ、そうですかね?」
昔から空気が読めない私だったが、今回も読むことに失敗したようだ。その証拠に男達が冷や汗を流し、アリーナの表情がどんどん冷たくなってゆく。
カリーナは高楊枝を咥えると半眼になり、私をじっと見つめてきた。
「そう……コマイにとって、私の苦悩は”そんな事”なのね…いいわ、教えてあげる…私の男運の無さと、子供が産めない苦しみを……」




