王国歴1669年10月22日②:コンチキショーーーーーーッ!!!
朝食を終えた私達は馬車を使わずにゲッスーナ邸を目指した。時間もまだ早く、馬車で向かえばコーモノ様の朝食に重なりそうだったからだ。それに朝食を御代わりしたのでお腹が膨れ、腹ごなしをするのも目的の一つである。
「そういえば嬢ちゃん、カリーナやビビィ嬢とは長いのか?」
「ビビィ先輩は、私がメイドになった時から可愛がってもらってました。と言うよりビビィ先輩は誰にでも優しくしてましたね。あの柔らかい性格ですから、誰からも好かれてましたよ。…えっと、カリーナさんの事は……あまり知らないんです…」
グララブの問いに私は言葉を濁した。私が知っているのはこの2日間の話した感触と、コーモノ様の妾という噂だけなのだ。噂を伝えてよいのか私では判断できない。
グララブは私の苦悩を見抜いたのか、私の頭を撫でてくれた。
「嬢ちゃんは優しいのぉ…妾の話はカリーナ本人が最初に話しておるわ。確か7日程前、ふらりとガストロミに現れて『伯爵の愛人ですがハニトラにきました』と挨拶しおった。アレには儂等も魂消たわぃ!」
「そ、それは確かに強烈ですね…」
「じゃろ!?これまでのハニトラは街角でぶつかるか、何度か店屋でかち合うか、裏道で暴漢に襲われとるかじゃ!それを正面切って宣言したんじゃから面白くての!儂等も変に勘繰らずに済むし、気風が良いからキースとも気が合ったんじゃ!」
私の初対面を思い出し、その雰囲気は何となく想像できた。確かに裏表なく話した方がみんなには受け入れられると思う。
「先日は飲まんかったが、あれで中々良い酒を飲む女でな…飲んで笑って涙して、愚痴を溢して抱きついて、女の強さも弱さも持ち合わせておった。あれでもう10歳も年を経ていたら、儂が持ち帰ったぐらいじゃわい」
グララブは下卑た笑いを浮かべたが、その表情を消すと溜息を吐いた。
「ここでは言わんが、あれで苦労した女だ…男を信じたくても信じられん、それでも男を信じたい…まるでキースを鏡に映したようじゃ…何だかんだと本質的な所で似通っとるのかのぅ…」
「そうなんですか…」
私はカリーナもキースも遊び人だと思っていたが、それは私が2人の表面しか見ていなかったのだろう。『飽きられた愛人』なんて自分を卑下する気持ちは分からないが、もしかしたらカリーナは将来に希望を見出せていないからかも知れない。
私の将来は希望だらけだ。今は何も諦める気は無い。しかし、もし、その時が来れば、私はカリーナを理解できるようになるのだろうか。今の私には全然想像できないが、それでも私は希望に縋り付きたいと思う。
「…信じちゃ駄目なんですかね?」
「その問いは、嬢ちゃんが手痛い裏切りを経験してからでないと口には出せんな。理想論は心に届かんぞ?」
「それを言われると…何も言えないです……」
グララブの言いたい事は分かるのだが、それでも心の奥がモヤモヤとする。答えを求めた訳ではないのだが、ついヒイロの顔を見上げてしまった。ヒイロは私の視線に気付くと、何だか困ったような顔をして微笑む。
「俺からは何も言えないかな?俺は信じる以前に、想いを口に出せない…拒絶されるのは苦しいからね」
「まったく…赤ん坊だって転びながら歩く練習をするんじゃ!そのままではキスも出来んぞ!?」
ヒイロはグララブの言葉に顔を赤くしたが、何故か横目で私の方を見た。不思議と私の顔も赤くなった。
「わ、私ですか!?……結婚してくれたら……やぶさかでもないですけど……」
「ほほ!!キスだけで結婚じゃったら、交合するには城でも用意せねばならんの!!」
「もう!グララブさんは意地悪です!!」
私の照れ隠しにグララブが笑い、ヒイロも釣られて笑う。
結局、私の中にカリーナを説得する案は浮かんでこなかった。しかし昨日一人で悩んでいた時より少しだけ頑張れる気がする。それはグララブに丸投げするとか、多勢に無勢で説得するとかの方法じゃない。私は”話をする事”が大切だと気付いたのだ。
カリーナの話を聞く、そして真剣に向き合う。それが問題解決の一番の方法だと思えた。
ゲッスーナ邸を訪問した私達に、出迎えたコーモノ様はとても驚いていた。なにせ期待していなかったメイドが『天井知らず』の2人を連れてきたのだから当然だろう。
応接室まで通されたが、途中の廊下も室内も埃が目立つようになっていた。どうやら先輩達が本気で仕事の手を抜いているらしい。それに気付かないコーモノ様も大概だと思う。
応接室で待っていると、戻ってきたコーモノ様が汗を拭きつつ弁明し始めた。
「あ~…カリーナは体調不良でして……今は部屋で臥せっておりますです、はい」
「え!?カリーナさん、熱でも出たんですか?」
「ふん、それが昨日の昼に帰って以来、部屋から出てこんのだ…あの金食い虫が…」
「……それで、カリーナさんに会う事はできないのですか?」
「いえ、そんな…扉越しには話す事はできるのです…ただ『出たくない』と…」
「どうしましょう…強行突破ですかね?グララブさん、扉の鍵を開けられます?」
「応接室の扉と同じなら、5つ数える内に開けられるわぃ…おっと…こ、コマイお姉ちゃん、時たま怖い事を口にするよね?」
私とグララブのやり取りを不思議そうに見ていたコーモノ様が私に手招きする。私はソファから立って歩み寄ると、コーモノ様が私の耳元で聞いてきた。
「コマイ君、やけに親しいではないか?」
「ふふふ、それはもう…もんのすごく親しいですよ?」
「そうか…やはり私の目に狂いはなかったか!君ならやってくれると信じてたよ!」
「そうでしょう!私の美貌を持ってすれば、ハニトラなんて御茶の子さいさいなのです!」
「よし!それで?グララブ氏とはどこまで行った?」
「……は?」
「は?ではないだろう…私は体型が似通っておるから、グララブ氏へのハニトラとしてコマイ君を選んだんだ。他の誰が相手をするものか!」
「な・ん・で・すってぇ~~~~~~~!!!」
私はコーモノから飛び退くと、腰に手を当てて胸を張った。
「この魅惑のボデェの、どこが幼児体型ですってぇ!?」
「み、魅惑!?それはカリーナみたいなボッキュンバンな体型を言うのだ!顔が可愛いからカリーナの代わりと期待して雇ってみれば、これっぽっちも成長せんではないか!」
「キャーーーーーー!!ヤダーーーーーー!!!そんな目で私を見てたんですか!?」
「ふん、見る場所も触る場所もないではないか…」
「言ったなコンチキショーーーーーーッ!!!」
私がコーモノに殴りかかろうとした時、背後からヒョイっと持ち上げられてしまった。後ろを見ればヒイロが私を軽々と持ち上げていた。
「コマイさん、暴力はいけないよ?」
「だってコノヤロウが私の身体を幼児体型だって!!」
「こ、コマイさんは魅力的だよ…それは俺が………ほ、保証するよ…」
「え?………あ、あ、ありがとう…ございます…」
真っ赤な顔で援護してくれるヒイロに、私の顔も真っ赤になった。
その様子を見たコーモノが口をパクパクさせる。
「ちなみに僕もコマイお姉ちゃんの事は好きだよ?あとシーナルも色々あって、コマイお姉ちゃんには感謝してると思う。今じゃ立派な友達だよね♪そんな訳でゲッスーナ伯爵様……今晩の食事代も期待してるからね!」
「は、はいぃッ!」
その後もグララブとコーモノの交渉は続き、今晩は45Gを受け取る事となった。




