第1話
――今……なんて言ったの?
最初、その言葉を飲み込むのに時間がかかった。しかし、彼女は確かに「リチャード様も好きなのに」そう言った。
――殿下も好き……殿下……も?
この言葉はつまり「殿下の以外にもコレを好きな人がいる」という事を意味していて、それでいて「コレを殿下は好きだ」という事を意味している。
それはつまり……。
――殿下は「あれ」を食べた事があるって事よね?
そんな思いで見つめる先にあるのは「ソフィリア」という女子生徒が持っている『チョコレートクッキー』である。
――まさか、殿下が食べていたなんてね。殿下は毒見をなさらなかったのかしら?
通常。王族が食べられる物はどういった物であっても誰かしら最初に食べて毒性がないか確認するものだ。
「……」
――いいえ。しているでしょうね。
大抵その役割は宰相の息子で、あの一件に大きく関わった『ステファン・ローレンス』が行っている。
――まぁ、一種の罪滅ぼしってヤツなのかも知れないけど。
基本的には彼もまた将来この国にとって重要な役に就く予定の人物なので、むしろ毒見役が必要な側の人間なのだが、あの一件以降は殿下の毒見役を買って出ている様だ。
――そんな彼が「大丈夫」と言ったのだから、殿下も口にしたのでしょうね。
あれがどういった物かは知らないが、正直。イリーナは彼女に対して警戒心を強めていたのでたとえ殿下が好きな物であっても「食べたい」とは思えなかった。
「?」
――それにしても……。
一応、彼女の方が一つ学年が上なので『先輩』には当たる。しかし、いくら学校とは言え、彼女の態度はあまりに馴れ馴れしい。
――いえ、こういった彼女の態度が殿下たちには良かったのかも知れないわね。
彼らの周りにいる人たちは基本的に彼らを崇めている……とまでは言わないモノの彼らを「自分とは違う立場の人たち」と言った目で見ている。
それが「当たり前」と言えば「当たり前」なのだが、彼らはずっとそう言った目で見て来られたので、分け隔てなく接してくれる彼女は新鮮で嬉しかったのだろう。
――殿下に至ってはずっと忘れられなくらいに……。
そう思うと、彼女に対して苛立ちを感じた。
自分は学校に入学してからずっと会ってくれないのに。イリーナは「一応」とは言っても『婚約者』だと言うのに。
「だ、大丈夫? 保健室行く?」
「いいえ、結構です。ご心配なさらず」
「え、でも……」
ソフィリアは心配そうな表情を見せるが、イリーナにとってはその顔が無性に腹立たしく感じる。
「大丈夫です。お心遣い感謝いたしますわ」
「え、ちょっ……」
一応心配してくれているので表面上は笑顔を作って断りを入れ、そのままその場を立ち去った――。
ソフィリアは何か言いたそうだったが、このままこの場にいたらふいに乱暴な言葉が出そうになっていただろう。
――危なかったわ。
しかし、この時その場を立ち去ってしまった事によってまさか「あんな事」になるとは……この時のイリーナは思ってもいなかった。




