第3話
正直、フィーユの前の職業については何となく察しはついていた。やたらと察しが良かったり、気配を消して近づく事が出来たり……思い当たる点は多かったのが一番の理由ではあるのだが。
――まさか、本当だったなんてね。
ただ、イリーナはあくまで「調べもの」と評して頼み事をしただけでそれ以上の事は望んでいないし、頼むつもりもない。
――今更「前の職業」について聞くつもりはないけど……。
それでもやはり気にはなる。
そしてもう一つ頭を過るのは「フィーユがこの家のメイドになったのは別の第三者から頼まれたからでは?」という可能性だ。
これに関しては十二分にあり得ると思っている。
なぜなら、この家は公爵家だからだ。それに加えて貴族はいくら表面上仲良くしていても相手の出方を見て隙あらば……と考えている人が多い。
そこで誰かを雇って……なんて話はなきにしもあらずなのである。
――フィーユはそうじゃないって思いたいけど。
だからこそ、イリーナの「頼み事」は一種の賭けの様な一面もあった。
――もちろん。何も庶民と懇意にしている事だけが問題じゃないのよ? ただ……。
そこに別の感情があった場合の事を考えると……イリーナの心情としてはかなり微妙である。
何せ、これから婚約を結ぼうと言うにも関わらず、相手は別の相手に夢中なのだから。
「……」
――贅沢……なのかしら?
貴族同士の婚約や結婚は当人同士の気持ちに関係なく結ばれる事の方が多い。例として挙げるのであれば、イリーナの両親だ。
――もちろん。例外もあるけど。
それでもそれはどちらかというとほんの一部と言えるだろう。
しかし、やはり出来るのであればそういった相手と結ばれたいと思ってしまう。たとえそれが「贅沢」だったとしても。
――でも、もし婚約を結んで「これが自分の人生なんだ」って受け入れたのであれば……。
もしかしたら気持ちに変化が生まれるかも知れない。たとえそれが「諦め」から来るモノであったとしても……。
それくらい、イリーナは愛情に飢えていた。
――別に、それくらい願っても良いわよね?
小さい頃から両親から愛情を向けられてこなかったイリーナにとって「婚約」の話は「リチャード王子から愛情を受けられる話」と捉える事でどうにか飲み込む事が出来た。
――でも、調べものはしてもらいましょう。いつ何が起きるか分からないもの。
「フフ」
イリーナは一人小さく笑った。
実はあのお茶会でアリアの行動を目撃してからもうこの時点で悪役令嬢イリーナ・クローズの将来はゲームの本筋から大きくそれていた。
だからまぁ、言ってしまえば『アリア・ウォーレン』という男爵令嬢の存在がイリーナだけでなくキュリオス王子にも知られた事によって様々な登場人物の将来を早い段階で変えたと言っても過言ではない……という話なのである。
当のアリア本人はこの時点では「まだ大丈夫」と思っていたが。




