茶葉宇宙論(中編)『おばあちゃんの宇宙』
……その晩、僕は奇妙な夢を見た。
妙にリアルで記憶に残るいつもの夢だ。
「おばあちゃん、なんで宇宙は広がってるの?」
小学3年のアキラは、湯呑みを両手で包みながら聞いた。
ほうじ茶の湯気がふわりと立ちのぼる台所。冬の午後、ちゃぶ台の向こうで、おばあちゃんがにっこり笑った。
「宇宙もね、最初は――大きなお茶の海みたいなもんやったんよ」
おばあちゃんは、ぽつりぽつりと話し出した。
「ほら、日本の昔ばなしでな、神さまが天から長い鉾で海をぐるぐるとかき混ぜたら、そこからポタポタ落ちたしずくが、島になったいう話、聞いたことある?」
アキラはうなずいた。「国生み、でしょ?」
「そうそう。それとおんなじ。
最初の宇宙も、神さまか何かが、大きな“時空の鍋”を混ぜたんかもしれへん。
ぐるぐる回したら、茶葉が散らばるみたいに、星や銀河がぽとん、ぽとんと生まれた。
もしかしたら、あの“しずく”が、宇宙のもとやったのかもねぇ」
「それ、ほんとに科学なの?」
「科学かどうかは知らんけどね。そう考えると楽しいやろ?」
アキラは笑った。「ちょっとだけ…ほんとっぽい」
おばあちゃんの話は、いつもどこか不思議で、そしてちょっとだけ現実味がある。
まるで昔話と物理のあいだみたいな、居心地のよい“知恵の隙間”。
──数年後。
ある午後、彼は実験の合間に紅茶を淹れていた。
ガラスポットの中で茶葉がふわりと舞い、やがて静かに渦を描きながら沈んでいく──その動きに、ふと目を止めた。
「……このパターン、どこかで見たような……」
昔聞いた祖母の言葉を思い出す。
『宇宙って、茶葉みたいやの』
そして、彼の脳裏に浮かんだのは、惑星形成時の塵の円盤。銀河の渦。
微細な粒子の集まりが、自転と引力で形を成す構造。
「茶葉の動きと重力渦……似ている?」
直感が跳ねた。
彼はすぐに実験記録ノートを開き、流体中の渦と粒子の分布に関する簡単なスケッチを描いた。
茶葉の回転と収束──それは、ミクロな世界が宇宙の大局を模しているかのようだった。
後に発表された彼の論文は、誰にも笑われなかった。
ある日、アキラは帰省した。
もうすっかり小さくなったおばあちゃんが、昔と同じちゃぶ台の前にいた。
お茶を淹れてくれる手元は少し震えていたけれど、あの笑顔は変わっていない。
「アキラちゃん、宇宙はまだ広がってるかい?」
「うん。だけどね、時々思うんだ。
宇宙って、最後はもう一度、あったかい“茶碗”の中に戻ってくるんじゃないかなって」
「おや、あんたも“茶葉宇宙論”の仲間になったんかいな」
二人は笑いながら、湯呑みをのぞきこんだ。
そこには、銀河みたいな渦が、小さな宇宙を描いていた。
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