茶葉宇宙論(前編)
アキラはちらりと時計を見て、
「博士、そろそろお茶にしましょうか?」と声をかけた。
「そうだね。今日は紅茶を頼めるかい?」
博士のいう紅茶は、たいていアールグレイかレディグレイだ。
ダージリンは「飲むと頭が痛くなる」らしく、不評らしい。
「どちらにします?」
「今日はレディグレイをいただこうかね。」
この研究室では紅茶をビーカーで煎れる。
「研究所らしいじゃないか。」とは博士の弁。
お茶以外にビーカーを使うこともないので、“らしい”というのが意味不明なのだけれど。
ビーカーの水が沸騰するのを待ち、アルコールランプの火を遠ざけて、時折泡立つ程度に調整する。
そこへ茶葉を投入。茶葉がお湯の中でゆっくりと開き始めるのを見計らって火を止め、勢いよくかき混ぜた。
勢いよく撹拌するとエグ味が出る、という人もいるが、僕はこちらの方がおいしく感じる。
渦を巻いていたお湯が、やがてゆっくりと落ち着いていく。
茶葉が中心付近で静かに回り続け、やがてその動きも止まる。
琥珀色に染まったビーカーから、柑橘類の香りがふわりと立ち上る。
「うん。今日の紅茶もいい香りだね。」
博士は一口すすると、アキラに目を向けて言った。
「ありがとうございます。」
博士はストレート派だが、アキラは少量の砂糖を入れる派だ。
スプーン1/3ほどの砂糖を入れて、静かにかき混ぜる。
カップの中では、茶漉しで濾しきれなかった微細な茶葉が、紅茶の中心で静かに回っていた。
「博士、不思議ですよね。」
アキラは、紅茶の表面を見ながら話しかけた。
「ん? 何がだい? ……ああ、茶葉のパラドックスのことかな。アインシュタインも疑問に思ったという、あの話だね。」
「え? パラドックス? あ、いや、こうして上からのぞき込むと、茶葉の粉が銀河のように見えるなと思って。」
「ほう。少年は理科系だと思っていたが、案外文系の才能もありそうだね。有望有望。」
博士は微笑みながら言った。
アキラが少し首をかしげるのを見て、博士は続ける。
「科学者にはね、ロマンがないと大きな発見や発明はできないものさ。少年はその点、才能がある“かも”しれない。」
「えー、“かも”ですか。そこは“ある”って言ってほしいなぁ。」
「あはは。“かも”だよ、“かも”。科学者より、喫茶店のマスターの方が向いてる“かも”しれないしね。」
一通りお茶を楽しんだあと、博士はふと真顔になって言った。
「しかし、茶葉の回転で銀河を連想するとは、少年はいい感性をしているな。
アインシュタインなんて、“遠心力で外側に行きそうなのに、なぜ中心に集まるのか?”って、その程度の発想しかなかったんだよ。」
さらに博士は続ける。
「それにね、茶葉の回転と渦巻銀河の類似性はとても興味深い。深掘りすれば、面白い発見があるかもしれない。」
アキラは帰宅後、茶葉のパラドックスと、渦巻銀河に関する未解明現象について調べ始めた。
──その夜、また夢を見た。
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