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茶葉宇宙論(後編)

 妙にあたたかい夢だったな……。

 翌朝、研究所に着くと、博士はすでにビーカーで何かを煮ていた。

 お茶じゃない。実験だ。たぶん。


「少年、ちょうどよかった。見てごらん」

 博士がビーカーを指差した。中でゆっくりと液体が渦を巻いている。底に、細かい粒が集まっていた。

「……茶葉ですか」


「正解。昨日の続きだよ」

 昨日の紅茶の時間に、僕が「茶葉が銀河みたいに見える」と言ったのを、博士はまだ引きずっていたらしい。


「少年、茶葉はなぜ中心に集まると思う?」

「えーと……遠心力で外に広がるイメージがしますよね……」

 しかしビーカーの中の茶葉は中心に集まっている。


「そう思うよね。でも実際は逆。中心の底に集まっている。アインシュタインも不思議に思った現象だよ」

「アインシュタインが?」


「そう。これが"茶葉のパラドックス"だ」

 博士はビーカーをゆっくりかき混ぜながら続けた。


「答えはね、流体の速度差にある。かき混ぜると渦ができる。渦の外側ほど流れが速く、内側ほど遅い。速く流れるところは圧力が下がる――これをベルヌーイの定理という――そして遅いところは圧力が上がる」

「はあ」


「つまり、渦の中心底部は、最も流れが遅い場所だ。圧力が高い。でも底面の摩擦で渦が弱まると、今度は中心に向かう二次流れが生まれる。茶葉はその流れに乗って、エネルギー的に最も低い場所――底の中心――へ押し込まれる」

「遠心力に逆らって……集まる、ということですか」


「そう」

 博士はビーカーを静かに置いた。渦が少しずつ落ち着いていく。茶葉が、吸い寄せられるようにじわじわと中心に向かっていた。


「面白いのはね」と博士が言った。「茶葉は自分で動いているわけじゃない」

 静かな声だった。いつもの軽い調子じゃなくて、独り言みたいな感じで。


「場の構造が、集めるんだよ」

 僕は何も言えなかった。

 茶葉が、最後の一粒まで、ゆっくりと中心に収まっていくのを見ていた。


「宇宙も同じかもしれない」博士は続けた。「波が作る窪みに、ものは集まる。重力だってそうだ。質量が空間に窪みを作って、そこに向かってものが流れ込む。茶葉が底の中心に集まるのと、構造は同じだよ」

「じゃあ、銀河の渦も……」


「そう。スケールが違うだけで、同じ話だ」

 博士はにっこりした。


「少年が昨日言った、"銀河みたいに見える"――あれは正しかった。感性に理屈が追いついてきたね」

「ほめてるんですか、それ」


「もちろん」



 ◇



 帰り道、「場の構造が、集める」という言葉が頭の中でぐるぐるしていた。

 茶葉も、銀河も、重力も――自分では動いていない。でも、場の構造がある方向に引き寄せる。

 じゃあ、人はどうだろう。

 出会いだって、自分で選んでいるつもりで、実は何か大きな場の構造に、ゆっくりと押し込まれているだけなのかもしれない。

 夢の中のおばあちゃんが言っていた。「宇宙って、最後はもう一度、あったかい茶碗の中に戻ってくるんじゃないか」――あれは、そういうことだったのかもしれない。

 離れても、場の構造が残っているなら、また集まる。

 空を見上げたら、夕焼けが渦みたいな雲の形をしていた。

 なんとなく、来年は大学に行こうと思った。

 理由はうまく言えないけど。

 ただ、もう少し、この問いの続きを追いかけたかった。

 

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