031:規格外なダンジョンだからね
宇宙の端っこからアパートの一室まで瞬く間に戻ってきた。
一定の温度と湿度に保たれていたセーフルームと違って、正に夏の暑さを満喫できる空間だ。ここに帰ってくると現実感が半端ないな。
現実感といえば。
「慣性の法則とかどうなってるんだろうな」
地球は自転し、太陽を中心に公転し、さらには太陽系を含んだ銀河系そのものが渦巻いている。常に色んな力の作用が働いている肉体をポンポン転移させているカレンさんの凄さときたら、想像も付かないね。
「もちろん、ボクがちゃんと計算して対処してるよ」
「そりゃ助か……うぉっ、ビビったぁ!?」
なんと俺の部屋にカレンの姿があった。違和感が激ヤバ状態だ。こんな安アパートの一室に超絶可憐な蒼銀髪系美少女がいるのはおかしいだろ。現実感がまるでないぞ。
俺は恐る恐るカレンに手を伸ばした。ふにゃっとした柔らかな感触が手に伝わる。そこにカレンの肉体は確かにあった。ふにふにと柔らかい物体を何度も揉んで確かめてしまう。
「んっ、くすぐったいよ、シズク。相変わらずえっちだね?」
「おっと、すまん」
パッと手を離した。だが確かめたことに後悔はない。あとついでにカレンのほっぺたもフニフニしておいた。
「それにしても急にどうしたんだ。今までは脳内会話だけだったのに」
「ふぃろんふぁ……もぅ、色んなことに慣れてきたからね。この身体のこともそうだし、こっちの宇宙の法則や流れにもね。だからこっちでもシズクと一緒にいようかなと思って。それともシズクはボクがここにいると迷惑? ……邪魔かな?」
自分のチョロさが心配になるね。カレンのしゅんとした表情にすぐさま反応してしまう。
「とんでもない。凄く嬉しいよ。あっ、何か飲むか? 暑いだろこの部屋」
「飲みたい飲みたいっ、シズクのおススメジュースがいいな」
「お任せあれ。テキトーに座っててくれ」
「はーい」
冷蔵庫からキンキンに冷えた飲み物を持って戻ると、そこには変わり果てたマイルームの姿があった。
「何だそのソファは。セーフルームから持ってきたのか?」
「そだよ。座り心地、気に入ってたよね? はい、ここへどうぞ」
カレンは左隣をポンポンと叩いて俺を促した。
「あれ、何だか涼しくなってきたな。エアコン入れたのか?」
「ううん、魔法の練習がてらにちょっと部屋の温度を調節してみたんだけど、どう? 良い感じかな?」
「魔法を使って温度調整なんて贅沢だな。かなり快適だよ、ありがとな」
カレンの隣に座りながらお礼を言っておく。電気代の節約になって大助かりである。その分、カレンのマナやら魔力やらが減ってしまうかもしれないけどな。
「えへん、どういたしまして」
それにしても魔法か。実に胸が躍る言葉だ。ここでも使えるんだな、魔法って。カレンが魔法を使ったらしいけど、これっぽっちも魔力や魔法力を感じ取ることができないな。
「シズクには魔力を知覚する感覚器官がないからね。最初は勘とか違和感でもいいから、まずはそこに魔法的要素があるはずだって信じてみるのがいいかもね」
「見えないものを信じる、か。中々に難しいことを言ってくれるな。見えてるものさえ疑ってしまう生き物だからな、俺は」
そもそも自分自身のことさえ信じていなかったからな。以前は。
「ボクのことも疑ってる?」
「いや、もう疑ってない。最初は俺の頭がおかしくなったと思い込んでたけどな。今はもう無理だ。カレンがいないなんて想像もできないよ」
「ボクも同じだよ。シズクがいなくなるなんて想像もしたくないもん」
似たもの同士、これからも仲良くやっていこうな。
「それにしても、魔法を信じるかぁ」
もしかして実は俺が知らないだけで、地球でも当然のように魔法が使えていたのかな。一般人には秘匿されてるみたいな。一般人がその存在を信じないように情報操作されてるとかな。
まあ、ここまでくるとかなり陰謀論じみてるけどな。
「残念ながら、魔法クラスのものは地球では発達してないね。魔術とか、ちょっとした妖術や呪術の類いはチラホラとある感じかな」
「いやいや、十分ファンタジー世界の範疇だって」
知らなかったなぁ。地球って現代ファンタジーだったのか。地球のファンタジー化どころか既にローファンだったようだ。
「ぷはぁ、このジュース美味しいね」
「好きなだけ飲んでくれ、買い置きはまだあるからな」
「ありがと、肉体があると中々面白いね。とっても刺激的だよ」
俺にとってはカレンそのモノが刺激的だけどな。
夏らしく薄着な格好だ。清潔感のある白色系のブラウスや太ももを強調するショートパンツが目に焼き付いて離れない。薄らと肌が透けているせいでついそちらに目が向いてしまう。
カレンの素足にも勝手に目が。
「そ、そういえばさっき言ってた一緒にダンジョンに潜る話は何だったんだ?」
ドキドキを誤魔化すために話題を振った。まあ全部バレバレだろうけどさ。
「そのまんまの意味だよ。そうだ、シズクはボクを護衛対象にするのと、一緒に戦うのどっちが良い? 前者だとボクが死んじゃったら探索失敗ね。後者はボクもパーティの一員として探索を頑張るよ。探索中はシズクの指示に従う形だね。能力値はシズクに合わせて制限するからボクが無双する状態にはならないけどね」
ほへー、ソロ活動から一転してタッグを組むのか。今まで学んできたことをちゃんと活かせるのか実に不安だ。あ、これビギナーダンジョンで学んだところだ! なんて展開になるのかね。
「もちろん、シズク一人でダンジョンに挑むのも全然問題ないからね。安心して?」
一人で挑む方が万倍不安だっての。
「できるなら一緒に戦ってみたいな。カレンがどうやって戦うのか想像もつかないけどな。そもそも自分で自分を攻略するってどうなんだ?」
「ん? シズクだっていつもよく一人で……」
「ありありのありだな。うん、全く問題なかろうなのだ」
まさかの切返しに即座に対応する。
「それでだ、うん。カレンの戦い方だよ。問題なのは」
「そうだね、肉体的にか弱い魔法使いタイプで行くつもりだよ。シズクにより魔法を身近なものに感じて欲しいからね」
良いね良いね。実際に魔法を見れば、イメージが湧きやすいもんな。ミラクルベッドも魔法的とは言えるけど、あまりにも呆気なさすぎてどうにも実感が湧かないんだよな。
「肉体的にか弱い設定で大丈夫なのか?」
「魔獣の攻撃に当たれば死ぬ程度の耐久力だから安心して、ダンジョンを歩き回る生命力と体力はある設定だから」
これっぽっちも安心できないんだがな。
「紙耐久力ってことか、カレンに敵の攻撃を近づけないように立ち回る必要がありそうだな。ヘイト管理も重要になってくるのか」
「どう? 人数が一人増えただけで大分探索方針が変わってくるでしょ。そういうのを考えるのも探索者の醍醐味だよね」
確かにな。ゲームでもあれこれとパーティ編成を考えるのは好きだ。火力重視か、快適さ重視か、バランス重視か。人によって個性が出るよな。
「ああ、私のことも呼んでくれて構わないからね」
突如、左腕から柔らかさとたぷんとした重量を感じ取った。悪魔っ娘リーゼがニヤニヤしながら俺に身を預けるようにしだれ掛かった。
「うおっ、お前ら突然現れるのがマイブームなのか?」
「リーゼ。シズクと最初に行くのはボクなんだからね?」
「はいはい、分かっているとも。難易度が上がって3人編成にしたくなったらいつでも呼んでほしいな。もちろん私と一緒が良ければ二人でも行こうじゃないか。ではまたね、シズク」
幻だったかのようにリーゼの姿は霞んで消えていった。
「流石にまだリーゼをここに出力するのは大変だったね。しばらくはボクだけで我慢してね? シズク」
「カレンだけでも十分過ぎるっての」
心臓がまだバクバクしてる。悪魔っ娘リーゼは積極的で俺の心臓が持ちそうにないな。
「それでシズク、今日は何するの?」
リーゼを見習ったのか、カレンも押し付けるようにしだれかかってきた。手を出したら薄い壁で大変なことになるので自重する。
とりあえずシャワーを浴びてサッパリしてから、昨日のレポートをまずは一つ仕上げる。そのあと朝食を食べて、ある程度時間を潰してから本屋に出向く予定だ。
人工知能と自動運転絡みの書籍を買わないと、もう一つのレポートが書けないからな。まあ、大学の図書室で探しても良いんだけどさ。
ついでと言ってはなんだが、近くに発生した野良ダンジョンについても様子を窺っておこう。もちろん、入るつもりはない。攻略する気もさらさらないからな?
「良いんじゃないかな、ボクもちょっと手を加えたいと思ってたんだよね」
ほっ、良かった。
てなわけで、本屋まで辿り着いた。
隣りには新品同様の自転車に跨がるカレンの姿があった。言わずもがな、カレンが新しく創造した自転車である。蒼銀髪をポニテにして爽やか美少女姿だ。
めちゃくちゃ目立っているはずなのに、周囲からの視線や反応は特になかった。認識を阻害してごく一般的な美少女に見えているんだとか。
ごく一般的な美少女ってなんだよ。そうツッコむと、黒髪ポニテの姿を一瞬だけ見せてくれた。確かに、ごく一般的な美少女だったわ。というか普通に可愛い。
「それでも十分目立つやろ」
「スキルで没個性化させてるからだいじょぶだいじょぶ」
とのことだった。
ここは例の父さんが飲み込まれた迷宮が近くにある。通りすがりに路地を覗いてみたら、なんと複数の警察官によって道路が封鎖されていた。ほえー、昨日の今日で仕事が早いなと感心してしまう。
あまり大事にはしていないようだ。周囲の住民には何らかの事件があって、普通にその現場検証をしている最中であると説明していた。まあ確かに事件はあったよな。その当事者が父さんでなければ俺も野次馬に混じってたかもしれんな。
「カレン、野良ダンジョンは今どういった状態になってるんだ?」
「活性化状態だね。ダンジョンには普通に入れるよ。出現する魔物は雑魚だからね。武装なしで入っても死にはしないんじゃないかな。今のところ中に入ってる探索者は異空間の観光ツアーを楽しんでいるみたいだね」
なんか楽しそうだな。俺もそっちに、なんて考えるとカレンがムクれちゃうか。いや、またもや野良ダンジョンさんに惨劇が繰り返される可能性が高いな。
「ちなみに隷属化させている野良ダンジョンさんの具合は?」
「ちゃんと癒やしてあげたよ。他の野良に食べられても困るしさ」
なんというか野良ダンジョンも中々に世知辛そうだな。
「ちゃんと教育指導して立派な一般向けダンジョンにしてあげるからね。シズクは安心してボクを攻略してほしいな」
「ああ、助かるよ。ところで野良ダンジョンにもカレンみたいな人格はあるのか?」
ちょっぴり気になる点だ。ダンジョン攻略が性行為に該当するのかどうかを他のダンジョンにも是非とも聞いてまわりたいね。
「まだ生まれたばかりだから自我は薄いね。大きなダンジョンに成長すると自意識が目覚めることは普通にあるよ。たまに生まれた時から魂を宿すダンジョンなんかもあるね」
ダンジョンとして自我が目覚めたら、俺はどんなふうに生きるんだろうな。共生する生き物らしいし、やっぱ人間に資源を提供する方が長生きできるんかな。
「人間サポート1型だね。人間に鉱石や貴金属を採掘させながら自分を拡張して成長していくタイプで、そう珍しくもない一般的なダンジョンかな」
ちなみに力を与えるタイプが2型で、特殊なサポートアイテムを生成するのが3型、食料を提供するのが4型らしい。特化したり、複合化したりと、ダンジョンも色々と考えて人間やらその他の生き物を引き寄せているようだ。
人間に敵対的なダンジョンもあるとのことだ。積極的に人間を飲み込んで己の糧にしたり、遺体や魂を利用して他のダンジョンに対する尖兵を生み出すそうだ。
多種多様なダンジョンが存在するので、今あげたもの以外にも型破りな存在がいるとかいないとか。
「その、カレンみたいなダンジョンも多いのか?」
「ボクみたいなダンジョン? ボクみたいなエリートダンジョンは滅多にいないんじゃないかな。自分で言うのもなんだけど、ボクってけっこう規格外なダンジョンだからね」
多次元宇宙を越えた先の異世界から俺を見つけ出して干渉するくらいだものな。宇宙の端から地球まで転移させたり、あっさり野良ダンジョンを隷属化させたり、自分の肉体やら必要な道具を簡単に創造したり。
そりゃ凄いよ。正しく規格外だ。
「えへへ、そんに褒められると照れちゃうよ」
褒めてるというか驚いているというか。まあいいか。店の前でお喋りに夢中になってしまった。さっさと必要な本を探すとしようか。




