029:こういうのもご褒美になるのかな?
カレンは全裸だった。一糸まとわぬ姿ともいう。
俺の胸のあたりにムニュッとした柔らかな二つの感触が押し付けられている。俺の首に手を回して抱きしめている形だ。小柄なので足が床に届いておらず、ぷらぷらと浮いていた。
俺の視界にはカレンの真っ白な背中と、可愛いお尻が見えていた。腰まで届く白色系の蒼銀髪をサイドに纏めているおかげだ。
いつの間にか俺の装備や所持品の類いが外されて床に置かれている。急に身軽になって違和感バリバリだが、そんなことはどうでも良かった。物干し竿くんもツインガントレットも装備していない。
つまり両手は自由だ。
俺は思いっきりカレンを抱きしめた。カレンも負けじと抱きしめ返す。しばらく、俺たちはずっとそのまま立ち尽くしていた。カレンの体温と柔らかさ、甘い香りを存分に堪能してから、俺はミラクルベッドへと向かう。カレンを抱きしめたままだ。
別にやましいことをするつもりはない。
単純に肉体が疲れていたことを思い出したからだ。それにビギナーダンジョンをクリアしたと言われても、なんだか納得がいかなかった。カレンに手を出すのはそれからでも遅くはない。
移動中もカレンは俺に抱きつかれたまま、これでもかと優しく抱きつき返してくれている。質感が、匂いが、質量がハッキリとダイレクトに伝わってなんとも言い難い幸福感が俺を襲う。俺だけでなく、カレンも俺の匂いをクンクンと嗅いでいたのでちょっとだけ動揺した。
やだ、俺ってば汗臭くない!? 足早でベッドへと急いだ。
カレンを押し潰さないように優しくベッドへと倒れ込む。カレンを押し倒したような格好だ。キュインという効果音が鳴ると、迷宮内で長時間活動したことによる肉体的な疲労があっという間に癒やされてしまった。汗や汚れなども一緒に消え去って一安心だ。
「えへへ、頑張ったね。シズクっ。それから何度だって言ってあげる。ビギナーダンジョンクリア、ホントにおめでとっ!」
抱きしめる力を緩めて少しだけ離れた。
嬉しくてしょうがないといったカレンの表情やえっちぃ鎖骨、胸元なんかが露わになる。カレンの控えめな胸を、桃色のポッチを凝視しないようになんとか抑えながらお礼を述べた。
「ありがとな。頑張った甲斐があったよ。でもまあ、何というかクリアしたって実感が全然湧かないんだけどな」
カレンの蒼い瞳に見つめられながら、よっとカレンの隣に寝転んだ。セーフルームの真っ白な天井を見上げながらボソリと呟く。
「というか全然まだ踏破した感じがしないんだよな。まだマップも全部埋めてないし、他の小部屋も調べてないし、ウサギモドキの中型も確認してないしさ」
やるべきことがまだ残っているのにクリア済みになると、なんだかモヤモヤするものがある。マップの南側なんて殆どが手付かず状態だぞ。
「甘いなぁ、シズクは。別にダンジョンの全てを攻略する必要性はないんだよ? 全てのマップを埋め尽くす必要はないし、全ての敵を倒し尽くす必要もないよね。探索者ってのは究極的に生きて戻ることが重要なんだよ。その上で成果があれば尚良しだね。今回の成果はもちろん黄金のスタチューを発見したこと。その上で、無事にここまで持って帰ることに成功した。ほら、十分クリアしてるでしょ?」
カレンは俺のお腹に跨って顔をグイッと近づけながらそんなことを言ってくれた。だが駄目だ。話の半分くらいしか頭に入ってこない。先ほどのモヤモヤなんて全て吹き飛んでしまった。
腰まで届く白色系の蒼銀髪がサラリと肩から流れ落ちる。可愛い系の整った顔立ちから放たれる蒼い瞳が真っ直ぐに俺の瞳を貫いて離さない。小柄で華奢な体型、色素の薄い真っ白で控えめな胸がほんのりと呼吸に合わせて上下している。
カレンはその小さな手でそっと俺の胸を撫でた。眩い太ももとその付け根を艶かしく俺の腹へと押し付けてくる。スラッとした生足、形の良い可愛らしいつま先。いつまでも嗅いでいたい甘く爽やかな香り。
その全てが愛おしい。
「はぁ……可愛いな、カレンは」
「ふふっ、そんなにボクの身体が好きなの?」
そりゃ大好きさ。
なんたって俺の理想を具現化したような存在だもの。
「どう? ご褒美になった?」
「うん、ここまで頑張ってきてホント良かったよ」
「じゃあ、おしまい。ご褒美はここまでね」
パチン、と指を鳴らすまでもなく一瞬にしてカレンの艶かしい裸体は衣服で隠されてしまった。見慣れた薄着の夏服姿だ。
……ああー。……あー。……あぁー。もっと見たかったのに。というか手を出したかったのに。どうしてくれるんだ、この肉体の昂りを、下半身くんの自己主張をよぉ!
「だってまだ、ざこ♡ざこ♡ビギナーダンジョンをクリアしただけだよ? もうちょっとボクのコアまで進んでくれないとね。というかボクにとってはダンジョン攻略が人間で言うところの性行為のようなものだし、シズクにはそっちで頑張って貰わないとねっ」
なんてこったい。衝撃の事実を聞いてしまった。
「ダンジョン攻略は性行為の一種なんだよ! つまり俺はもう童貞を卒業したんだ! そして、人類は滅亡する! ……な、なんだってぇ!?」
「急に一人芝居してどうしたの?」
冷静なツッコミをありがとう。
「いや、様式美というか。お約束みたいな?」
そりゃまあカレンはダンジョン生命体なんだし、人間と価値観や常識が異なるのは理解できるけどさ。それでも、ダンジョン攻略と性行為が結びつくなんて発想は全くなかったね。
もしかして他のダンジョンもそうなのか。なんだかダンジョンを見る目が変わってきそうだ。そこらの野良ダンジョンを見かける度にえっちな気持ちになりそう。……いや、別にならんか。
「ボク以外のダンジョンについてはどうなんだろうね? ボクがシズクに対してそう感じるってだけだからさ。他の野良ダンジョンと人間についての意見交換会なんて開いたこともないし」
ダンジョン井戸端会議か。あの探索者サイテーもう来ないでほしいわとか、貴方のところに通ってる探索者良いよね、私のところにも来てくれないかなーとか、そんな話題で盛り上がるのかもしれない。
いや、今は他の野良ダンジョンのことはどうでもいい。問題なのは目の前にいるカレンだ。人間の肉体を持っているカレンのことが一番重要である。
「ちなみに、カレンはこうして人間の姿をしているけど。人間的な、動物的な性行為はできるのか? いや、俺はする気満々でいたけどな」
根本的な質問をしてみた。
「もちろん、できるよ」
あっさりと答えるカレン。
「いよっしゃぁあ! 張り切ってカレンさんを攻略させて貰いますとも!」
あっさりと喜ぶ俺。
「えへへ、そんなに張り切って貰っちゃうと照れちゃうよ。でも、いっぱいボクを攻略してねっ。ビギナーダンジョンをクリアしたことでシズクがグッとボクの中にまで入ってきてさ。ボク、どうにかなっちゃいそうだったんだよ?」
俺もどうにかなっちゃいそうだよ。というか、なってる。お腹のあたりで座っているカレンが少しもぞもぞしていた。さぞ、座りにくいことになってるだろうね。
カレンが「もぉ」と呆れたような視線で問う。
「そんなにしたいの?」
「当然したいさ」
何をそんな当たり前のことを、と言う前にカレンがダンジョン生命体であることを思い出す。一般的な男の情欲なんて理解できないか。いや、でもダンジョン攻略が性行為の一種っていう話ならこの気持ちは分かってくれるはずだ。たぶん。
「なるほどなー。シズクには肉体的な刺激が重要なんだね。じゃあ、もしかしてこういうのもご褒美になるのかな?」」
カレンの声が途中からダブって聞こえた。正確には正面のカレンと、ベッドの左隣から同時に声が発せられた。左側に顔を向けると、なんとそこにはもう一人のカレンが立っていた。
ダンジョンに潜る前に見た悪魔っ娘カレン、吸血鬼バージョンだ。それも全裸に近い格好だ。
肩まで届くふんわりとした白に近い蒼銀髪をくるくると指に絡めて弄っている。蠱惑的に煌めく真っ赤な瞳の自信げな眼差しにドキッとする。布面積の少ない大胆でえっちぃ服装からはみ出しそうなほどに盛り上がった二つの丘が前屈みになることでプルンと震えた。ニョキっと生えた悪魔の尻尾がゆらゆらと揺れ、広がる皮膜翼がファサファサッと感情的に動いている。
小柄で華奢な点は同じだった。顔も同じで、まるで双子のように見えた。
「どうだい? シズクはこういった姿も好きなのだろう? ふふっ、この喋り方も含めてね」
俺の前にいるカレンはニコニコと、左に佇む悪魔っ娘カレンは余裕のある笑みを浮かべて挑発的だ。
「じゃじゃーん、二人になってみました! シズクって意外と沢山の理想像を持ってるよね。だったらボクだけじゃあリソースがちょっぴり勿体ないから」
「私もこうして出てきてあげたってわけだよ。ねえ、シズク? キミは私のことは嫌いかい? 私は好きだよ。今すぐにでも抱きしめてあげたいくらいにね?」
そう言って、悪魔っ娘カレンは俺の頬にチュっと軽いキスをした。俺の左手を掴んでそっと胸元まで引き寄せる。柔らかく温かな感触に包まれた。
「めっちゃ好きなんだけど」
なんなのこれ。一人二役で俺のことを好きなってくれるのか? どうゆうことなん? ハーレム(一人二役)ってこと? 某忍者漫画の影分身みたいなものなのか?
「そうだね。そのイメージで良いんじゃないかな」
「うん、そんな感じだよ。ボクのコアは一つだけど、出力を調整すればこんなこともできるのです!」
二人のカレンが同時に喋った。片方は落ち着きながら、もう片方は自慢げに興奮しながら教えてくれた。
でも結局はカレンが演じてるってことなんだよな。一粒で二度美味しい的なヤツなのか?
「別に演じてるわけじゃあないよ? カレンも私もね。ああ、そうだね。私にも名前を付けて欲しいな。私はカレンであってカレンじゃないからね」
「そゆことだね。ボクはボク、彼女は彼女。というわけでシズク。ボクの時みたいに名前を付けてあげてほしいな」
二人のカレンにグイッと身を乗り出された。二人分の温もりが俺を包み込む。その感触にヘブン状態で浸りながらも、唐突に訪れた名付けの時間に俺は戸惑いを隠せない。
急にそんなことを言われてもな。どうしよう。吸血鬼っ娘の名前候補は山のように出てくるけれど。その中から一つを選ぶのは相当難しいぞ。
「では、こうしようじゃないか。シズクは名前の候補をあげるだけでいいよ。私がその中から気に入ったものを自分で選ぶ。それなら問題ないだろう?」
パチンとウインクをしながら悪魔っ娘カレンがそう告げる。なるほど、自分で選んでもらうのはありだな。責任が分散されて正直助かる。
「じゃあ、とりあえず。思いつくままに言ってくからな。リリス。シェリー。エヴァ。リーゼ。リンネ。レミリア。シェリル。リシェラ。セシリア。レイナ」
めちゃくちゃ俺の趣味が入ってる気がするな。実在の人物・団体・フィクションのキャラクターとは関係ありません。単なる名前被りです。ってことで許して欲しい。
「そうだね。私が特に気に入ったのはリーゼ、レミリア、リシェラ。この3つかな。さて、不意打ちだがあとはキミに選んで欲しいな。大丈夫、どの名前になってもきっと私は気に入るからね」
悪魔っ娘カレンは皮膜翼をファサッと広げた。悪魔の尻尾を挑発するようにフリフリと揺らしている。そしてイタズラが成功したみたいにクスクスと微笑んだ。
正直、どの名前も好きだ。でも決めねばなるまい。
「じゃあ、リーゼ、キミに決めた!」
「ありがとう、シズク。今から私はリーゼだ。フフッ、吸血鬼としてキミの相手になろうじゃないか。と、言っても基本的にはカレンがキミのパートナーを務めるのだけれどね。今回はこういったこともできるということをキミに示した感じかな。私とそういった楽しいことがしたくなったらいつでも呼んで欲しいな。では、これで失礼するよ。一先ずのお別れだ。シズク、また会おう」
悪魔っ娘カレンもといリーゼは優雅に微笑みながら姿を消した。
「なんか衝撃的すぎて色々と頭が追いつかないぞ」
「だいじょぶだいじょぶ、シズクのご褒美が増えたと思えばいいんだよ」
なんだ、それならいいか。全くと言っていいほど問題はないな。さっそく話を本筋に戻すとしよう。
「それで……そう、本筋だ。ビギナーダンジョンをクリアしたら次はどうなるんだ? ダンジョンを攻略することに変わりはないんだよな?」
いきなり超ベリーハードとか難易度ルナティックとかにならなければいいんだけどな。やっと死なずに探索できるようになったんだから、身の丈に合わせた難易度を用意してほしいね。
とはいえ、ゲームはいつも最高難易度で挑んでいるけどな。そして無理そうならさっさと諦めて難易度を変更する軟弱さも兼ね備えている。
「シズクにはボクのコアまで来てもらいます! 要するにその道程がダンジョンになってるってことだね」
「なるほど。カレンの本体まで辿り着けばいいわけか。そのコアってのはどこにあるんだ? 地球に埋まってるとか? それともシャレオツで月とか火星とかに隠れ潜んでいるパターンかね」
「多次元宇宙を越えた先にある異世界だね」
なるほどなー、多次元宇宙を超えた先の異世界かぁ。
「つまり、俺はまずその宇宙の壁を越える必要があると?」
「うん、その通り。そのためにはもっとステータスを向上させる必要があるね。さらに異世界の環境に順応するための魔法能力や特殊スキルも取得しておいた方がシズクにとっては安全かなぁ」
なるほどなー、俺がダンジョンを攻略する意味もちゃんとあるのか。そもそも俺が強くならないと、その宇宙の壁とやらを越えることもできないわけだ。
「でもまあ、宇宙を越えると言ってもそれこそダンジョンを攻略すれば済む話なんだよね。ダンジョンに異次元を突き破るゲートの役割を持たせてるからさ。攻略して先へ進むことがイコールで宇宙を跨ぐ方法になるってわけ。ね? ダンジョンって凄いでしょ?」
あー、スゴイスゴイ。凄すぎて正直よくわかっていない。とりあえず、ダンジョンを踏破していけばカレンの元へ辿り着けることだけはわかった。
「十分、十分! それが分かってくれるだけで十分だよ、シズク」
「ちなみに聞くんだけど。ここ、このセーフルームは何処にあるんだ?」
「宇宙の端っこらへんだね」
なるほどなー、ここって宇宙の端っこらへんだったのか。初めて知ったよ。他の惑星どころか宇宙空間にいるのか。宇宙旅行だってしたことないのに、宇宙の端まで来ちゃったよ。そもそも宇宙の端って何処やねん。
せめて最初は月あたりに行って青い地球を見てみたかったなぁ。
「え? 地球を外から見てみたいの? はい、どうぞ」
セーフルームの白部屋が一瞬にして真っ暗闇になった。そして、一際青く輝く惑星を見つけてしまう。ほぇー、宝石みたいに綺麗だ。
「地球って青かったんだな。知ってたけど。地球って丸かったんだな。知ってたけど」
脳みその処理が追いつかずに適当なことを口にしてしまった。宇宙飛行士の皆さんはこの光景を見ることができるのか。いいな、羨ましい。
「シズクだって今見てるでしょ?」
そりゃ、見てるけど。こういうのはちゃんとロケットに乗って、重力から解き放たれるのを感じながらじゃないとな。
「ふーん。じゃあ、無重量状態にしてあげるね」
ふんわりと俺の身体が重力から解き放たれた。同時にカレンも浮かび上がる。咄嗟に手を伸ばして抱きついてしまった。正直、ビビってる。
「うおっ」
浮いてる。生まれて初めて空中を浮いているよ。俺はいま宇宙に漂っている。いや、セーフルームで無重量体験をしているだけか。宇宙の端っこにいるってのなら、この地球は映像で映しているだけだな。
「うん、いいね。ちゃんと冷静に自分の現状を把握できてるよ。ビギナーダンジョンを攻略した甲斐があったね、シズク。はい、これで元通りっと」
セーフルームがいつもの白部屋に戻った。
俺の身体はミラクルベッドの上にあるし、先ほどと同じようにカレンは俺に跨ったままだ。いや。俺が抱きしめたままだった。柔らかくていい匂いがする。
どんな状況でも冷静に、か。でも、どんなに驚いてもすぐ冷静になっちゃうのはなんだか勿体ない気がするな。
「ちゃんと意識してみて、その驚きはシズクの中にしっかりと残ってるから」
ワクワクを思い出すんだ。みたいな感じだな。
「ふぅ、一先ず整理しよう」
1.俺はカレンのコアまで辿り着く必要がある。
2.カレンのコアは多次元宇宙を越えた先の異世界にある。
3.ダンジョンを通して宇宙の壁を、世界の壁を超えられ、
さらにはカレンのコアにも続いている。
4.壁を越えるためには俺のステータスを向上させ、
さらに魔法能力や適応スキルを習得する必要がある。
5.とにかく、俺はカレンのダンジョンを攻略すれば良い。
「良い感じにまとまったね。それと一つ言っておくけれど、別に時間制限なんてものはないからゆっくりとシズクが気の行くままに攻略してくれればいいからね」
そうだな。えらく気の長い旅になりそうだ。
「あ、そういえば結局ビギナーダンジョンの正式なクリア条件は何だったんだ?」
気になることはしっかり聞いておかないとな。
「4つの小部屋のうち一つから黄金のスタチューをセーフルームへ持ち帰ること、だね」
一つだけで良かったのか。俺はてっきり四つの部屋を全て回る必要があると思っていたよ。部屋の中にはギミックがあって、そのギミックを解除することで新たな道が開く、みたいな。
「ビギナーダンジョンで一番に学ぶべきことは、探索を繰り返して情報を蓄積すること。さらにその情報を活かして成果となるものを発見し、それを無事に生きて持って帰ることだからね。クリアするのに4つ全てを回るのは流石に増長過ぎかなって思ってさ」
なるほどなー。カレンを優しく抱きしめながら俺はそう呟いた。




