027:袋のネズミならぬネズミの袋
現在、俺は北西エリアの循環通路にて、投擲の練習をしていた。
マス目4つ分、15m~20mほどの距離に円棒を置いて目標に見立てる。そこへ向かって何度も物干し竿くんを放り投げては回収作業を繰り返す。投げる前に投擲フォームをしっかり確認する。
爪先からふくらはぎ、膝、太もも、腰、腹筋、背筋、肩、腕、手首、握り手、物干し竿くんの棒先に到るまで念入りに意識を巡らす。
最適な棒投げスタイルを目指した。
かつてこんなにも熱心に投擲練習をしたことなどあっただろうか? いや、ない。何で俺はこんなことしてるんだろうなと思わなくもない。けれど、直感的に俺がやるべき事はこれだと思ったのだ。
全身に込める力加減によって飛距離や速度が大分変わる。
何度も、何度も、ぶっ飛ばされ続けた物干し竿くんは少しずつ先端が削られていった。流石に全力で放り投げると棒先の強度が持たなかったようだ。しかし、怪我の功名とも言うべきか。物干し竿くんの先端が上手い具合に破損して槍のように尖ってきた。
「いいね。殺傷力マシマシだ」
途中、物干し槍と地面がぶつかる音に釣られてネズミモドキやイヌモドキが寄ってきたが、練習に丁度良かった。まさか、こちらに向かって走るイヌモドキに相棒をぶん投げて命中させられるとは自分でも思わなかった。
投擲術がこの数時間でかなり上達したと実感する。
疲れたら循環通路でじっくり休むことを繰り返した。身体を休めることにも慣れてきたような気がする。お腹が空かないことも有り難かった。これだけ運動すればかなりの体力とエネルギーを消耗したと思うのだが、この迷宮の仕様なのだろうか。
それとも白飯と唐揚げ効果か? お腹いっぱいに食べてきたもんな。もしくはこの程度の運動が屁でもないくらいに、俺の生命力が向上しているおかげなのかもしれない。
時折やってくるイヌモドキを倒しながらヤバいことに気が付いた。
現在のカウンティングはこうだ。
イヌモドキ:13 ドロップ:4(イヌ耳2:ファング足2)
ネコモドキ:1 ドロップ:0
ネズミモドキ:24ドロップ:8(ネズミ耳2:玩具6【4】)
ウサギモドキ:3 ドロップ:2(ウサ耳1:二本角1)
仮にノーマル型のモドキを15体倒すことで中型のモドキが湧くのだとしたら、そろそろ不味いことになる。流石に中型モドキを二体同時に相手にするなど、正気の沙汰ではない。
わりと本気で討伐制限を自分に課す必要性があるかもしれない。
イヌモドキに関しては手足を負傷させてから逃げることに決めた。ネズミモドキは、あと一匹だけ倒して、できるだけ討伐数が30体に届かないように留意する。
15体ごとに中型モドキが出現する可能性は非常に高い。2体目からは10体で出現するよと言われたら? 素直に手を上げて降参しよう。
さて、早速行動開始だ。
これ以上グダグダしてエンカウント率を増やしたくない。だが、その前にあらためて装備一式と持ち物を確認する。
大分持ち歩く物が増えてきたので、スポーツウェア(上着)の使い方を変えてみた。まず、グルグルに絞っていたスポーツウェアを元に戻して広げる。持ち嵩張るドロップ品を包み込むようにして丸めてから、崩れないように簡易ウエストポーチとして腰に巻いた。
お腹で抱えるような見た目だ。両袖は背中で縛ってある。
丸め込んだ横穴から手をそっと入れると中身が取り出せる。力任せにやると丸め込みが解けてしまうので要注意だ。中身はネズミの玩具4つとダブった付け耳が入っている。
相棒の持ち方も変えてみた。
まず、先ほどのウエストポーチの両袖に左右それぞれリストバンドを通しておく。その状態で腰に巻くと、背中の丁度良い位置にリストバンドが2つ来るわけだ。そこへ相棒を横向きにスッと差し込むのである。
セツコ、最初からこうすれば良かったんや。
てなわけで、現在の装備品と所持品はこんな感じとなっている。
左手:物干し竿(度重なる投擲で先端が削れて尖っている)
右手:ツインガントレット、円棒(投擲もしくはパリィ?)
腰:簡易ウェストポーチ(お腹側)、相棒(背中に横刺し)
両足:ファング足
頭:各種付け耳全部(発生効果:ネズミ耳:効果は重複しない)
通常使用:スポーツウェア(ズボン)、靴下、運動靴、サポーター
所持品:ウェストポーチ(スポーツウェア上着)、リストバンド2つ(相棒固定)、ネズミの玩具:残り4つ、円棒(投げつけてみる。輪投げかな? または払い除けに使ってみる)
ネズミ耳の感知効果を駆使してネズミモドキとの遭遇をできるだけ避けるように最西端の小空間まで戻ってきた。モドキの姿と気配がないことを確認してから扉へ向かう。
道中、ネズミモドキを1体だけ倒している。つまり、討伐数は25体だ。これだけ倒して開かなかったら、もはやスべきことは一つしか残っていない。
俺はそっと扉に手を触れた。
「駄目か」
触れた手を離すと、ネズミの紋様がクッキリと浮かび上がる。
「おっ、めちゃくちゃ濃くなってるな。最初と比べると段違いだ。……はぁ、やっぱり中型を狩る必要がありそうだな」
とは言えだ。別に悲観することもないんじゃないか? 何故なら、どっちみち中型モドキを倒さなければセーフルームへは帰還できない。ならば、やるべきことに変わりはなかった。
「良しっ、ちょっくらあの化鼠を倒しに行くか」
俺は気合を入れて、中央エリアへと向かうのだった。
「……ふぅ」
通路の角に隠れて、深く落ち着いた呼吸を繰り返した。そっと覗き込むだけでヤツの姿を確認できる。いや、ネズミ耳のおかげで目視するまでもなく、中型ネズミモドキの状態を知ることができていた。
ヤツはこちらとは反対側を向いて通路のど真ん中に居座っていた。こちらを向いてなくてラッキーではなく、こちらを向いていない位置取りを俺が選んだのだ。
距離はマス目4つ分。今までずっと投擲の練習をしてきた距離だ。威力の程は問題ない。ノーマル型のイヌモドキと中型のネズミモドキでは耐久力が違うかもしれないが、同じ生き物であることに違いはあるまい。
駄目で元々だ。為せば成る。
全力を尽くすために、邪魔な荷物は一度下ろしておく。手にするのは物干し竿一本のみ。ツインガントレットすら外した。この投擲に全てを掛ける気持ちで望む。
無音の迷宮で、溶け込むように通路へと足を踏み出した。
殺気は出さない。無心だ。ただ標的物に向けて全力で物干し竿くんを投げる。それだけでいい。スキル<投擲>を意識した。あえてステータス画面を確認するような真似はしない。それを獲得できるだけの練習をこの数時間してきたつもりだ。
標的を捕捉する。
中型ネズミモドキはピクリとも動かず向こう側を向いたままだ。
物干し竿を構える。
欠けた先端を標的に向けて中程の位置で握りしめる。
呼吸を整える。
練習でやったことをそのままやればいい。俺ならできる。
そして、肉体の全てを使って……投げた!
トンッと<ステップ>で軽く助走を付け、右足を大きく踏み出して踏ん張り、腰にひねりを加える。残された左足の爪先を蹴り上げるようにして力を込めた。
左手に握る物干し竿を掲げ、弓矢のように後ろへと引き絞る。
足先から力が伝わる。身体のひねりがさらにその力を増幅させ、腹筋や背筋、肩を通して左腕へと向かった。回旋の力だ。
その回旋力に、さらに腕を伸ばす力が加わる。
全ての力が、物干し竿くんを投げるためだけに集約し、解き放たれた。
「フッ!」 ヒュッ!
息を吐き出しすと同時に、風切り音が聞こえた。
解き放たれし物干し竿くんは放物線を描きながら凄まじい速度で突き進む。
「ブヂュアアアッ!」
そして、見事に突き刺さった。
中型ネズミモドキの悲鳴が通路に響き渡る。
「おっしゃぁあ!」
確認するのは後回しだ。俺はすぐさま壁に立て掛けておいた相棒とツインガントレットを手にして装備する。もはやどうにでもなれだ。中型ネズミモドキが生きていようが死んでいようが、突進あるのみ!
通路へと飛び出しっ、全力を持って中型ネズミモドキの元へと走った。
「うおおおぉぉ……お?」
やったぜ! 物干し竿くんは見事に中型ネズミモドキの胸あたりを貫いていた。だが、それでも中型ネズミモドキは生きていた。
「……ヂュウゥゥッ」
恨みがましそうな瞳で俺を見られても正直困る。
ヤツは力を振り絞ってこちらに向きを変えようとしたが、突き刺さった物干し竿くんが壁に当たって邪魔をする。最後まで仕事を怠らないヤツだな、君は。そんなスキを見逃す俺ではない。
まずはヤツの側頭部に向かって<突進・相棒突き>をぶちかました。中型ネズミモドキの横っ面が跳ねるようにひん曲がった。その勢いを落とさず、右手に装着したツインガントレットをむき出しになったヤツの首元へ突き刺した。
「……ヂュゥ」
最期の断末魔をあげ、中型ネズミモドキは力尽きた。
「イヤッホォオッ!」
ここまで上手く行くとは、小躍りしたくなるね。遺体をしばらく見つめているとポンッと音がなった。遺体は消え去り、あるものが落ちる。
「袋? 袋のネズミならぬネズミの袋だな」
ネズミの形をした背負い袋がドロップした。けっこう大きい。ちゃんとリュックサックのようにベルトを調整して固定できるようだ。動きを阻害しないのは有り難い。
「これに戦利品を入れろってことか? ……それとも」
とりあえず、考えるのは後だ。
大分ハシャいで声を荒らげてしまった。今はできるかぎりノーマル型のモドキを相手にしたくない。セーフルームへは行かず、俺は最西端のネズミ部屋へと急いで戻った。
おっと、下ろして置いた荷物を忘れずに回収する。
ネズミ袋にまとめて収納した。相棒を腰へ戻して、物干し竿くんを左手に持つ。不思議と片手で持っても苦にならなくなっていた。物干し竿くんを両手で扱う際にも邪魔にはならないのでツインガントレットも装着しておく。
途中、イヌモドキ1体と遭遇するも、殺さないように手加減して放置した。自分でやっておいてこんなことを言うのも何だが、殺さないように足を折って放置ってホント酷いことをしたもんだ。
瞳から殺意も敵意もなくなって、最後はただ怯えていたからな。
ここに来て、完全に俺の力がノーマル型を上回ったことを実感した。嗜虐心を抱かなかったことだけが救いだ。生き物を殺すことはできても、虐げるつもりはなかった。少し手遅れかもしれないけどな。
「おおっ、ついに来たな」
小空間へ辿り着くと、ネズミ部屋の扉が黒く光を放っていた。漆黒に輝くネズミの紋様が触るまでもなく、既に浮かび上がっている。扉へ近づく前に、各種の付け耳を順次に付け替えて周囲の気配を入念に探った。
ウサギモドキなし、ネズミモドキなし、イヌモドキなし。小空間の周囲にモドキの気配は完璧にないことを確認する。
「良し、何が出てきてもやることは一つ。やれることをするだけだ」
扉に手を触れると、呆気ないほどあっさりと扉は開いた。
扉の先にあったものは。




