023:神様、仏様、カレン様
一先ず、この場所から少しでも早く立ち去ることに決めた。
何故なら、未だにダンジョンの気配が濃厚に残っていたからだ。色々と父さんから事情を聞きたいところだが、まずは母さんを安心させるために、スマホで連絡を入れてもらった。
飄々と母さんに無事を報告している父さんを横目に、俺はカレンと脳内で話し合っていた。
『……カレン。その、助かったよ。ありがとう』
『んー、何のことー? なんてね。でも、ボクが自分のためにやったことだから感謝されるようなことはしてないよ』
『それでもだよ。ホントに助かった。はぁ……まさか父さんが巻き込まれるとはな。肝が冷えたよ。というかさっきのダンジョンはどうなったんだ? 何かまだ気配が残ってた気がするけど』
あの轟音だ。てっきり崩壊して消え去ったとばかりに思ったのだがそうでもなかったらしい。
『まだ生きてるよ。一応、隷属化させて強制停止させたけどね。残したままの方がシズクにも都合が良いと思ってさ。でもまあズッタズタに引き裂いてあげたから当分は活性化しないんじゃないかな、たぶんね』
俺にも得があるのか。それと何やら含みのある言い方だったな。隷属化させたってことはカレンの意志一つでどうにかなるってことなんじゃないのか?
『その、俺にも都合が良いってのは?』
『ダンジョンって縄張り意識が高いからね。新しいダンジョンは比較的離れた場所に発生しやすいんだよ。近すぎるとダンジョン同士で諍いが起こることが多々あるね。大抵はどちらかが捕食されて終わる感じかな。例外もあるけど』
なるほど。つまりあのダンジョンが残っている限り、中野町やその周辺に新たなダンジョンが発生しにくいってことか。で、その残っているダンジョンは今、カレンの管理下にあるというわけだな。
『うん、そゆことー。それと、ちょっぴりどうしようか迷ってるんだよね。捕食してシズクに攻略してもらおうか。それともこのまま管理した状態で領域を範囲拡大させていこうかさ』
その二つにどういった違いが生じるのだろうか。
『だってシズク以外にボクを攻略なんてさせたくないもん。捕食するとボクの一部となるからね。隷属化させたとは言え、ボク以外のダンジョンをシズクに攻略させるのも嫌だしさ。一般開放するのも有りかなって』
それってカレンが安全設計を考慮してくれるってことか?
『そうだよ。でないとシズク、家族のこととか気になってボクのことに集中してくれないでしょ? これから嫌でもダンジョンとは関わり続けなくちゃならないんだし。ちょっとしたお節介でもしてみようかなってね』
俺だけじゃなく、家族のことまで気を回してくれるなんて物凄く有り難かった。もはや、他人事でなくダンジョンは俺たちの身近なものとなっていく。であるならば、仕様のわからない野良ダンジョンよりもカレンが管理・運営するダンジョンを一般に提供した方がより安全かもしれない。
でもなぁ、カレンの考えるビギナーダンジョンがあれだしな。
『んもー、失礼だなぁ。あれはシズク用なのっ。一般向けにはそれ用の難易度や仕様を用意するから大丈夫だよ』
あのー、できれば俺にも一般向けのダンジョンを用意して欲しいんですけどね。
『当社としてはシズク様のご意見を前向きに検討させて頂きます。ご要望があれば随時に承りますね』
それって社に持ち帰ってただ検討するだけで終わるやつだろうが。
カレンとの会話を一区切り付けて、隣で歩く父さんを横目で窺うと、いまだにスマホで母さんとお喋りに興じていた。楽しそうに自分の身に起こったことを説明している。
話から察するに、父さんはこういった事態に陥ったようだ。
本屋を出て家に向かって歩いていたら、物凄い気配を感じた。何やろな? と近づくと突如、とんでもない音と衝撃を受けたらしい。気付くと意味不明な彩色で覆われたよくわからん異空間にいた。
とりあえず出口くらいあるだろ。
父さんは気軽に歩き出す。念の為にスーツの上着を脱いで簡単なハンマーを作ったみたいだ。週刊少年雑誌やその他の書籍を無理やりスーツの内側に包み込んでぐるぐる巻に捻りながら絞る。その状態で両袖の端を持てば振り回せる即席ハンマーの出来上がりだ。通勤鞄は盾に使ったらしい。
その後、何度か襲撃にあった。
彷徨うゴミ箱だとか、空を漂う空き缶やペットボトルの群体だ。割れたガラス瓶とかじゃなくて良かったよと父さんは笑う。蹴り飛ばしたり、ハンマーを振り回したりしてなんとか撃退する。
歩けど、歩けど一向に出口が見つからないので、父さんはその場に立ち止まって「暇だなぁ」と呟きながら座り込んだ。ふと雑誌を読んで時間を潰そうと思ったが、ハンマーにしていたことを思い出す。残念。
とりあえず、周囲を見回してからスマホを弄ることにしたようだ。最初にやれよって話だが、ここに来てようやく誰かに連絡すれば良いことに気が付いたそうだ。どうやら父さんも冷静な判断ができていなかったらしい。
母さんにも、警察にも電話は繋がらない。ネットも通じないときて、父さんは暇つぶしに周囲の撮影を始めた。後で見せてもらおう。
ちなみに襲いかかってくる奴らは近づいてきても、かなりの騒音を撒き散らすのですぐ気づけたとのことだ。たまに襲いかかってくる無機物どもを文字通りに蹴散し、その様子も上手い具合にスマホで撮影したんだとか。
それすらも終えて、父さんは一眠りすることにした。歩いたり、武器を振り回して疲れたようだ。もちろん、眠れなかったようだが、一時間くらいは目を瞑ってずっとリラックスしていたらしい。クソ度胸にも程があるだろ。
すると、異変に気付く。とっくに異変の真っ只中だけどなと軽口混じりだ。
異空間が悲鳴をあげるように歪んでいった。まず、とんでもなく不快な音が聞こえた。次に空間がギシギシと軋むような音がして、それが止んだと思ったらだ。ここに来た時と同じような轟音と衝撃を受け、気づいたら目の前に俺がいた。とのことだ。
と、そんな話を聞いているうちに我らが実家へと帰ってきた。
俺が車庫に自転車を停めている間に、父さんはさっさと家の中へと入っていった。マイペースな奴である。買い物袋を持って俺も続く。ちょくちょく帰ってきてるので懐かしさはない。
「あ、シズ君もおかえり~。ごめんね、シズ君も危険な目に合わせちゃうところだったわ。でもシズカさんとシズ君が無事に帰ってきてホントに良かったぁ」
父さんと同様にギュッとされたが、一先ずスーパーで買った物を冷蔵庫に入れたい。とりあえず、母さんに手渡した。
「あら、シズ君も鶏肉買ったのね。追加しなくちゃ」
と、母さんはキッチンへ向かった。父さんはとっくにいなくなっていた。風呂にでも入りに行ったのだろう。
「にゃぁ」
思わずビクッとする。アメノシズル、愛称アメちゃんが出迎えに来てくれたようだ。「おひさー」と言わんばかりに頭と鼻先を俺の足へと擦り付けてくる。ネコモドキじゃない。ネコモドキじゃない。ネコモドキじゃない。
よしっ! 現場ネコ確認!
「あめ~、相変わらず可愛いなぁ。よしよし」
「にゃぁ」
アメは、さあ撫でろと首を差し出す。拝命承った。存分に体中を撫で回してやる。うおっ、抜け毛がヤバい。まだ夏毛に生え変わってる最中のようだ。
「シズク、無事だったようだな」
「あ、爺ちゃん。ただいまぁ、俺は別に何もしてないけどね」
「何かをするしないの問題じゃあない。今この場に無事でいることが重要だ」
俺の爺ちゃん、中ノ森シズオ。というか、何で皆にシズを付けるんだろな。由緒正しい伝統でもあるのか? と今更な疑問が湧く。ネッコにも付けるくらいだし。ちなみに既に結婚して実家にいない姉の名前もシズノだ。ついでに寮生活をしていて、しばらく会っていない妹の名前もシズホである。
背筋をピンと伸ばし、鋭い視線を飛ばす爺ちゃん。
只者じゃない風格があるが、普通の爺ちゃんである。多趣味でよく色んなことに付き合わされたものだ。爺ちゃんは長続きするが、俺は殆どすぐに飽きてしまう。何やっても不器用で上手くいかんしな。
爺ちゃんとアメを引き連れてリビングへと向かった。
テレビが付けっぱなしで、ニュース番組が流れている。今話題の同時多発的な失踪事件について、識者やコメンテータがあれやこれやと意見を言っていた。
まだ、ダンジョンのダの字も触れられていない。世間一般ではまだダンジョンの仕業とはわかっていないのだ。警察とか政府機関はどうなんだろう。既にどういった事態が起こっているのかを正確に把握しているのかな。
警察組織は当然として失踪者の足取りを追うだろうし。現場に足を運べばいつかダンジョンに辿り着く。その上で、上手く対処できているのか。警察組織にも失踪者が出ているのか。全てを把握した上で報道管制を敷いている可能性もある。
正直、何が正しいのかなんて俺にはさっぱりわからないが、こうして俺の身内にすらも事態は波及しているわけだし、何か対策を取らないと被害は拡大していくばかりだろうな。
その点、俺は恵まれている。カレンの提案は渡りに船、地獄に仏なわけだ。
『えへへ、シズクがボクを攻略してくれるなら、努力は惜しまないよ』
『大変、助かりまする。精一杯カレン様のダンジョンに挑ませて頂く所存であります。何卒お手柔らかにと願う次第です』
『うむ、苦しゅうない』
カレンと脳内で遊んでいるうちに、母さんが夕飯を用意してくれた。
実家に帰ってきたことを実感するね。頂きます。
「唐揚げうまっ」
唐揚げが美味い。ただそれだけで幸せな気持ちになる。ご飯と唐揚げがあれば、あと10年は戦える。だが、ちゃんと野菜も食べなさいとチクチク苦言を呈された。はいはいと適当に躱しながら、父さんにどういう対応を取るのか聞いてみた。
とりあえず通報するらしい。
父さんは政府機関が用意した情報提供サイトに撮影した画像や動画を投稿した。その時の状況や、自分がどんな行動を取ったか、なぜ帰還できたのか理由は不明などと説明書きを添える。
というか、もう通報し終えたんだってさ。実に行動が早い。見習いたいね。
「んじゃ、俺はもう帰るよ」
ごちそうさまとご飯を食べ終えて、風呂に入ってサッパリしてからそう告げた。
「ええ~、家で寝ていけばいいでしょ? ちゃんとシズ君がいつでも帰ってきて寝られるようにベッドのシーツとかちゃんと整えてあるのよ?」
そういうわけにもいかない。カレンへのお礼として今夜もダンジョンには潜るつもりなのだ。何かの拍子に俺がいないことがバレたら心配掛けちゃうだろうしな。
「今日中にやっておきたいことがあんの。ちゃんと講義ノートにまとめておかないと、多分明日には忘れてるからね」
これは事実だ。大抵の記憶は長続きしない。講義で習った内容もすぐにアッパラパーである。
「う~、でも。もうっ、とりあえず帰ったら連絡頂戴ね?」
「りょかい」
というわけで身支度を整える。買い物袋も忘れない。
「お、シズク帰るのか。気をつけて帰れよ」
「それはこっちの台詞だっての。そっちも明日から気を付けろよ?」
「りょかーい。明日は土日かぁ、何すっかなー。……ってそういや、スーツ新しく買わないとヤバくね? カノンさーん、明日買い物行こうか」
既に俺のことは眼中になしだ。あんな目にあったのに余裕で明日も外をぶらつける度胸には感心するね。
「にゃぁ」
おおっと、ネコモドキじゃないぞ。お別れの挨拶に来てくれるなんて、可愛い奴だ。
「じゃあな、アメちゃん。アメちゃんもダンジョンには気を付けろよ?」
ん? 凄え不安になってきた。当然かどうかはさておき、実は動物の失踪も問題にはなっているのだ。うちのアメちゃんがもしビギナーダンジョンに囚われたらと思うと、背筋が凍りついてしまう。
『だいじょぶだいじょぶ。もうここら辺は管理領域にしておいたから。隷属させたダンジョンはちゃんと入り口からしか入れなくしてあるし、迷い込むことはないよ』
神様、仏様、カレン様。ホントにありがとう。もう、何度だってお礼を言っちゃうね。キスして抱きしめたいくらいだ。だから、いつでも実体化してほしい。
『ビギナーダンジョンをクリアできたら考えなくもないかなぁー、なんて』
さっさとクリアしてやるか。
「シズク、気を引き締めなさい。また痛い目を見るぞ?」
おっと爺ちゃんも挨拶に来てくれた。意味深な台詞に聞こえるが、この忠告はいつものことである。というか、俺にはドジっ子属性があるのか変なところでよく怪我をしていた。いわゆる注意散漫ってやつだ。何もないところでよくすっ転んだものである。
それを見かねた忠告だ。出かける際には大体いつも聞いてる。
「はいはい、肝に銘じますとも。じゃあね、爺ちゃん。あと、爺ちゃんも気を付けなよ? この世の中、大分物騒になってくるっぽいからね」
「そんなもん、前々からそう変わらんよ。ほれ、これをやる。じゃあまたな」
というわけで、爺ちゃんから万札の小遣いを頂いて俺はホクホクとした気持ちで実家を後にした。




