021:根絶やしにしてあげるから
『現在、日本全国だけでなく世界各国で原因不明の失踪事件が多発しています。日本政府は原因究明に向けて緊急対策室を設置し、各国と連携して事の調査に当たると発表しました。また、国民に向け集団行動を呼びかけ、互いに注意喚起を――』
講義が始まる時間まで大学のレストルームで久しぶりにテレビを眺めて時間を潰していると、やけに物騒なニュースが流れていた。
数週間前からちらほらと話題になってはいたが、ここに来てかなりの大事となってきたらしい。とうとう日本や世界各国の政府組織が動き始めたようだ。
「原因不明の失踪事件ね」
主な年齢層は若者が中心らしい。家族や知人に事を告げず、忽然と姿を消す。判明している範囲で数十万人。これは世界規模での数字だ。
世間では陰謀論やオカルト的な神隠し、宇宙人による拉致監禁説や神様異世界転移といった憶測やら妄想がSNSでトレンドとなっている。
『言っとくけどボクじゃないよ?』
「誰も……おっと」
ここはアパートの自室じゃなかった。人気は少ないが念のため脳内会話モードに切り替えないとな。
『誰もカレンを疑っちゃいないよ。でもまあ、カレンじゃなければ誰が、何の目的でって話にはなるよな』
この事件の首謀者はまず間違いなくカレンのご同類に違いない。口には出さないがそう確信していた。現在進行系で超常現象に巻き込まれているのが地球上で自分だけとは思えないしな。
『知りたい?』
『……わからん。知りたいような知りたくないような』
カレンのような人智を超えた超越者が他にも存在しているとして、それを知ってどうなる。俺にできることなんてあるのか? 注意喚起を促したところで何になるというのか。
『別にシズクが何か行動を起こす必要はないんじゃないかな。何もしなくても世界は勝手に動いていくと思うよ。どっちにしろ手遅れだろうし』
『手遅れ、ね。それじゃあ、一応聞いておくよ。カレン、教えてくれ』
別に溜める必要はないんだけどな。カレンは焦らすように沈黙を重ねてから言い放った。
『ずばり、ダンジョンだよ!』
やっぱり、お前やないかーいっとツッコミを入れる。
『だからぁ、ボクじゃないってば。最初に言ったでしょ? ボク以外のダンジョンの仕業だよ。ハッキリ言って手の施しようのないくらい侵食されちゃってるね、地球さん』
地球さん、侵食されちゃってるんだ。これっぽっちも現実感が沸かないな。
『放っておくとどうなるんだ?』
『別にどうにもならないと思うよ。ダンジョンは共生する生命体だからね。地球人類や動植物が今すぐに絶滅するなんて危機には陥らないんじゃないかな』
直ちに影響はありませんってところか。いや、流石にめっちゃ影響は出てるな。現在進行系で大騒ぎだ。それにしてもダンジョンって共生する生き物だったのか。初めて知ったよ。
『じゃあ、いま行方不明になってる人達ってまだ生きてるのか?』
『それはどうかな』
マジっすか。
『……俺みたいに死んでも復活とかできるんじゃないのか?』
『シズクだから復活させてるんだよ? それにボク以外のダンジョンにボクと同じことができるとも限らないからね。ほら、ボクってエリートダンジョンだし』
俺自身はともかく、カレンは特別なダンジョンのようだ。つまり、もし俺がカレンに見初められずに、他のダンジョンに取り込まれていたら。
『……そんなことはありえないけど。仮にそうなっていたらシズクはもうこの世には存在していないだろうね。セーフティを設けるダンジョンって意外に少ないんだよ。人口が多いところだと丸ごと吸収しちゃった方が効率的だし。ボクが良心的なダンジョンで良かったね! シズクっ』
カレンが良心的かどうかはともかく。俺の運が良いのか悪いのかも一先ず置いておこう。ただ、地球が既にファンタジー化を免れないことだけは事実のようだった。
カレンから衝撃の告白を受けて、なんだかぼんやりとしながら2限目『人工知能』の講義を受け終えた。
もし、カレンの迷宮を深層学習で攻略させたらどれくらいの時間と費用が掛かるんだろうなぁ。いや、学習させるには元となるデータが必要なんだっけ。
『もうっ、ボクの攻略をAI任せにしないでよね。シズクが汗水、血しぶきを垂れ流して必死にボクを攻略してくれないとつまんないよ』
カレンの妄言はスルーするとして。
現実的な話、ロボットやドローンなんかの無人機を遠隔操作してダンジョンを攻略する方が安全だよな。現時点の技術力で可能不可能は別としてさ。まあ危機や問題に直面することで爆発的に技術が発展する可能性もあるか。俺はともかく、人類の適応能力は目を見張るものがあるもんな。
でも物資と人手が足りるかどうかが問題だよな。あと費用対効果。
カレンが言うには数年も掛からず日本のみならず世界の至るところにダンジョンが侵食するらしい。そうなったら今の生活をそのまま続けることは不可能だろうな。
どれくらいの規模になるのかは不明だが、軍隊や民間軍事会社、警察組織や政府機関だけで果たして対処できるのか。
手数が足りなくなったら、民間人にもお鉢が回ってくるのかな。
いや、そもそもダンジョンの仕様がわかっていない現時点では予測すら立てられないか。でもまあ、現代兵器でダンジョンを無双するのはロマンがあるな。
命がけという点を除けばだけど。
『ロボット工学が発展したらAIに任せたダンジョン攻略が捗りそうだな』
『やだやだ、ボクのダンジョンはアンドロイドやドローンは禁止ね。やっぱり裸一貫のソロ攻略が一番だと思うなぁ、ボク。あ、でもでも強化スーツとかいいよね。シズクにもいずれは装備してほしいなぁ』
カレンの戯言はともかく。やはり他のダンジョンがどういう仕様なのかは気になるところだ。
『気になるの?』
『そりゃ、気になるよ。万が一、俺がカレン以外のダンジョンに迷い込んだときに参考になりそ――』
『ありえないよ』
冷たい。凍りつくような言葉だった。凄まじいプレッシャーが俺の中に流れ込む。怒気と悲哀が入り混じった感情の塊に押しつぶされそうだ。
『シズクがボク以外のダンジョンを攻略するなんて、決してありえない。許されることじゃないよ。……ああ、そんなことを想像しただけで胸が張り裂けちゃいそうだよ』
ごくり。思わずつばを飲み込んだ。
『安心してね、シズク。仮に、万が一、億が一にでもそんなことになったらボクがそのダンジョンを根絶やしにしてあげるから』
どうやら俺はとんでもない地雷を踏んだしまったらしい。




